導入:ロシアのレアアースとの出会い


 ロシアのレアメタル、特にレアアースに関する経験を述べる。私がロシアのレアアースを初めて手にしたのは、専門商社に入社して3年目、営業部に配属された時である。先輩のKさんがドイツに駐在することになり、レアアースの担当が私に回ってきた。Kさんはモスクワ大学で希土類学を学んでおり、その影響もあって1970年の万博に合わせてレアアースのサンプルを大量に仕入れていた。しかし、その時期は日本市場にとって早すぎたため、全く売れずに長期在庫となり、最終的に新入社員の筆者に託されたのである。


レアアースの基礎と市場の状況


 このような背景の中で、私はレアアースの需要家を訪問し、フィプロいう欧州トレーダーの友人である柴田さんからレアアースの基礎を教わった。1970年代当時、日本ではレアアースがほとんど重要視されていなかった。関西弁バリバリの柴田さんはフィリップブラザーズに勤務していたが、投機に失敗し1夜にして頭髪が全て抜けてしまったという経験を持つ人物だった。彼のお陰で猛勉強し、ロシア産レアアースは全量を神戸の三徳金属に売り切ることができた。


中国産レアアースの台頭


 ロシアのレアアースの話の前に、中国産レアアースの話をしておかないと話が混乱する。1978年、中国の広州交易会を訪れた際、初めてレアアースの展示を見る機会を得た。内モンゴルの白雲鉱山のサンプルが展示されていたが、実際には中間物の塩化レアアースの精鉱が日本に入ってきた時代であった。当時、日本市場ではフランスのローヌプーランやアメリカのモリコープ社が製品を輸出しており、日本のハイテク産業はこれらの製品に依存していた。そのため、中国からの中間物の輸入は選択肢として考えられていなかった。


中国レアアースの初輸入


 1978年の広州交易会で、中国のレアアースのサンプルを初めて日本に持ち帰り、需要家に納入する機会を得た。これが江西省のイオン吸着型精鉱であり、ウランやトリウムといった放射性物質を含まない当時は珍しいレアアースであった。中国のレアアースは徐々に名前が知られ始めていたが、実績も品質もまだ十分ではなかった。


ロシアのレアアースへの興味


 ロシアのレアアースが会社に大量にサンプルとして残っていた。これを機に、ロシアのレアアースの開発に興味を持ち始めた。これ以降、ロシアのレアアースの背景や技術力、原料、加工工場等について詳細に記していきたい。


歴史的背景と市場参入


 ロシアのレアアース産業は、ソ連時代にその基盤が築かれた。冷戦時代、科学技術分野での競争が激化する中、ソ連は自国の豊富な鉱物資源を活かし、技術力を高めることで国際的な競争力を強化してきた。特に、レアアースは軍事技術や宇宙開発において不可欠な素材であるため、その生産は国家戦略の一環として重視されてきた。


技術力と生産能力


 ロシアのレアアース技術力は、特に鉱石の精錬技術において優れていた。ソ連時代から培われたこれらの技術は、鉱石中のレアアースを効率的に分離・精製することを可能にした。溶媒抽出法が本格化してない時期のイオン交換法の技術力は、他国と比較しても高く評価されていた。ロシアのレアアース産業の競争力の源であった。


コラ半島のロボジョーロ鉱山


 ロボジョーロ鉱山は、ロシア北西部のコラ半島に位置しており、フェノスカンジア地塊の一部(ローパライト)として知られている。この地域は、アルカリ性岩体が豊富で、セリウムやランタンといった軽希土類が多く含まれている。これらの資源は、地質学的調査に基づいて埋蔵量や品質が推定されており、ロシアのレアアース産業における重要な供給源であった。


ソリカムスクMg工場


 ウラル山脈の西側に位置するソリカムスク工場は、ロシア最大級のレアアース精錬施設である。ここでは、鉱石を化学的に処理し、酸化物として分離・精製するプロセス(注1)が行われている。このプロセスは、アルカリ溶液を用いた湿式精錬技術が用いられており、効率的に高純度のレアアース酸化物を生産している。


主なレアアース資源と施設


 ロシア国内には多くのレアアース資源が存在する。これらの資源は、主に以下のような鉱床と施設において開発されている。
エストニアのSilmet工場
Silmet工場は、エストニアのシラマーエに位置し、旧ソ連時代からの技術を継承している。この工場は、特に重希土類の分離と精製に特化しており、ヨーロッパにおける重要な加工拠点である。例えば、ジスプロシウムやテルビウムといった重希土類元素は、ここで精製され、ヨーロッパ市場に供給されている。


カザフスタンのイルティシュ工場
イルティシュ工場は、カザフスタンに位置し、主に中間製品の加工を行っている。ここでは、ロシアから供給された中間物を受け入れ、さらに処理することで、レアアース元素を純化している。この工場では、特に分離精製技術を駆使し、高純度なレアアース製品を生産している。


まとめ


 ロシアのレアアース産業は、冷戦時代の技術競争を背景に発展し、現在に至るまで国際市場での競争力を維持している。コラ半島の鉱山やソリカムスク工場をはじめとする主要な資源と施設は、ロシアの技術力を支えており、これが世界市場におけるロシアの優位性を形成している。今後も、ロシアのレアアース産業は、技術革新と市場の変化に対応しながら、さらなる成長を遂げるであろう。


 以上が、ロシアのレアメタルとレアアース産業に関する詳しい説明である。ロシアの技術力と資源の豊富さは、今後も国際市場で重要な役割を果たしていくであろう。
(注1) https://mric.jogmec.go.jp/public/report/1994-07/h6_6.pdf