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2025.08.04

レアメタル千夜一夜 第62夜 ジャパン・アズ・ナンバーワンから凋落へ:失われた30年と資源戦略の蹉跌

 1970年代から90年代、”JAPAN as No.1″と称された日本の製造業は世界を席巻した。高品質な家電製品や自動車は世界市場を席巻し、レアメタルを含む資源開発も国家戦略として積極的に推進された。しかし、プラザ合意後の急激な円高は輸出競争力を低下させ、バブル崩壊後の「失われた30年」へと突入する端緒となった。本稿では、日本のハイテク産業、特にレアメタル・資源開発の観点から、凋落の要因と今後の課題を分析する。


円高と工場海外移転の功罪


 円高は輸出企業に打撃を与え、生産拠点の海外移転を加速させた。中国を始めとする新興国への工場移転は、短期的なコスト削減には貢献したが、同時に技術流出のリスクを高めた。特に、レアメタル精錬技術や素材開発技術の流出は、中長期的な競争力低下に繋がったと言える。これは、目先の利益を優先し、技術基盤の維持・発展を軽視した結果である。


産業競争力の低下:データで見る現実


 日本の産業競争力の低下は、様々な指標から確認できる。例えば、経済産業省の「ものづくり白書」によれば、製造業の付加価値額における日本の世界シェアは、1990年代初頭の約25%から2020年代には10%程度まで低下している。特に、半導体や液晶パネルといったハイテク分野で顕著であり、韓国、台湾、中国にシェアを奪われた。特許出願数も減少傾向にあり、研究開発投資の不足が技術革新の停滞を招いていると言える。


教育・研究投資の不足:未来への投資を怠ったツケ


 1990年代以降、日本の教育・研究投資はGDP比で横ばい、もしくは減少傾向にある。OECD諸国と比較しても、日本は研究開発投資の割合が低い。これは、大学や研究機関の財政難を招き、優秀な研究者の海外流出や若手研究者の育成不足に繋がっている。資源開発分野においても、基礎研究や人材育成への投資不足が、技術革新の遅れと国際競争力の低下を招いた一因である。


資源戦略の失敗:レアメタル開発の停滞


 1970年代から80年代、日本はレアメタルの国家備蓄や海外鉱山開発に積極的に投資した。しかし、1990年代以降、資源価格の低迷やバブル崩壊の影響を受け、資源戦略は後退した。結果として、レアメタルの多くを輸入に依存する構造が固定化し、中国の台頭を許す結果となった。中国は、国家主導でレアメタル資源の確保と技術開発を進め、世界的な供給網を構築した。日本の資源戦略の停滞は、ハイテク産業の競争力低下に直結したと言える。


国際的な人材交流の停滞とチャレンジ精神の衰退


 円高と国内の経済停滞は、若者の海外留学を減少させた。留学者数の減少は、国際的なネットワーク構築やグローバル人材育成の機会損失に繋がった。また、終身雇用制度の崩壊や将来への不安は、若者のチャレンジ精神を阻害する要因となった。創造性と革新性を重視するスタートアップ企業の育成も遅れ、経済の活力を低下させる結果となった。


今後の課題:未来への展望


 日本が再び国際競争力を取り戻すためには、以下の点が重要である。
* 資源戦略の再構築:レアメタル等の重要資源の安定供給確保に向け、海外鉱山開発への投資、リサイクル技術の開発、代替材料の研究を強化する必要がある。 * 研究開発投資の拡大:大学や研究機関への財政支援を強化し、若手研究者の育成、基礎研究の推進、産学連携の強化を図る必要がある。 * 国際的な人材交流の促進:留学支援制度の拡充、外国人研究者の受け入れ促進、国際共同研究の推進など、グローバル人材の育成と国際的なネットワーク構築を強化する必要がある。 * チャレンジ精神の醸成:起業家精神を育む教育改革、ベンチャー企業への支援強化、失敗を許容する社会風土の醸成など、イノベーションを促進する環境整備が必要である。


“失われた30年”の反省を踏まえ、長期的な視点に立った戦略的な投資と改革を実行することで、日本は再び世界をリードする存在になれるはずである。

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