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2026.06.15
京都に生まれた私にとって、「鐘打」という名前には特別な響きがある。一般人の知らぬ丹波山地の奥に、かつて日本のタングステン産業を支えた鉱山が存在した。鐘打鉱山である。戦後日本は焼け野原から立ち上がり、工作機械、自動車、重電、造船、精密機械、特殊鋼へと突き進んだ。その「日本株式会社」の刃先を支えた金属こそタングステンだった。
タングステンは派手ではない。しかし、この金属なくして日本の製造業は成立しなかった。超硬工具、切削工具、金型、特殊鋼、電子材料、半導体製造装置、航空機部材――すべての根底にタングステンカーバイド工具が存在する。私は若い頃からこの金属に惹かれてきた。なぜなら、タングステンは単なる素材ではなく、「工業国家の筋力」そのものだからである。戦前には陸軍の特殊機関であった兒玉機関(注1)がタングステンを集荷した歴史がある。
鐘打鉱山は、日本新金属の前身へと繋がる重要鉱山だった。一方、山口県の喜和田鉱山も、日本のタングステン供給を支えた代表的鉱山である。しかし時代は変わった。価格競争、環境問題、人件費、中国の圧倒的低価格攻勢――日本国内鉱山は次々と閉山へ追い込まれた。その結果、日本は輸入原料とリサイクル依存国家へ変貌した。私は20年以上前、喜和田鉱山のタングステン鉱石をロシア極東へ送り、委託加工する「トーリングコンバージョン」に挑戦したことがある。
当時としては極めて異例の試みだった。ロシア側で選鉱・加工し、タングステン精鉱として日本へ戻す。物流、品質、決済、政治リスク――すべてが困難だった。しかし、中国依存を避けるには、それしか道がなかったのである。あの頃、APT価格は300ドル台どころか、さらに低迷する局面もあった。市場は「タングステン不足」など真剣に考えていなかった。ところが現在、APTは1000ドルを突破した。さらに1500ドルへ向かう可能性すら現実味を帯びている。もしそうなれば、わずか2〜3年で価格は3倍近くへ跳ね上がることになる。
これは単なる商品相場ではない。「世界の資源秩序」が変わり始めたのである。ここで興味深い問題が浮上する。かつて経済性を失った尾鉱や低品位鉱床が、再び採算に乗る可能性が出てきたのだ。喜和田鉱山にも、尾鉱として残されたタングステン資源が存在している可能性がある。かつては「価値がない」と切り捨てられた鉱石でも、APT1500ドル時代なら話が変わる。つまり、過去の廃鉱が未来の資源鉱山へ変貌する可能性があるのである。問題は、そこへ挑戦する人間が日本に残っているかどうかだ。
日本社会は長らく、「安く輸入すればよい」という思想に染まり過ぎた。だが資源とは、本来そんな単純なものではない。安い時代には「効率」が勝つ。しかし供給危機が来れば、「確保した者」が勝つ。現在、日本のタングステン市場は大きな転換点に立たされている。問題は、需要が減らない一方で、供給自由度が急速に低下していることである。中国は輸出許可制へ移行した。ロシアは戦争経済に入った。ベトナムは重要だが、中国資本による接近リスクが存在する。欧米は新鉱山開発を進めているが、鉱山は明日掘ってすぐ生産できるものではない。
探鉱から生産まで通常10年以上かかる。つまり、今日の不足は明日解決しない。この現実の中で、日本が頼れるのはリサイクルである。実際、日本は世界最高水準のタングステンリサイクル技術を持っている。超硬工具スクラップ、粉末、スラッジ、廃チップ回収――これは日本が最も得意とする分野だ。しかし私は、「リサイクル万能論」には強い違和感を持っている。リサイクルには限界がある。
第一に、回収量は過去の消費量に依存する。第二に、軍需用途は回収されない。第三に、AI・半導体・防衛需要が同時拡大すると、増加需要をリサイクルだけでは埋められない。特に軍需用途は深刻である。Reutersも報じているように、ウクライナ戦争や中東紛争によって、タングステン弾薬は急速に消耗している。兵器に使われたタングステンは、超硬工具のように戻ってこない。戦場で失われるのである。したがって、日本のタングステン戦略は三層構造で考える必要がある。
第一に、短期では在庫確保である。APT、FeW、W粉末、炭化タングステン、スクラップ――企業単位ではなく、国家備蓄的発想が必要だ。第二に、中期では中国外鉱源との連携である。ベトナム、カザフスタン、ポルトガル、スペイン、オーストリア、豪州、カナダ。今から関係構築を始めなければ2030年代には間に合わない。第三に、長期では3R高度化である。ここで改めて3Rを整理したい。Reduce(リデュース)とは、そもそも廃棄物発生を減らすことだ。高寿命工具、精密加工、歩留まり改善、AIによる加工最適化――これらは全てリデュース戦略である。
Reuse(リユース)とは、形を変えず再利用することである。中古工具再研磨、工具再生、部材再利用などがこれに当たる。Recycle(リサイクル)は、使用済み材料を再資源化することである。超硬スクラップ回収、粉末回収、湿式精製など、日本はここで世界トップ級技術を持つ。だが重要なのは優先順位である。本来、最優先はReduceである。次にReuse。最後がRecycleだ。なぜなら、リサイクルは膨大なエネルギーとコストを必要とする「最後の防衛線」だからである。
私は今後、日本企業に問われるのは「覇気」だと思っている。喜和田鉱山再開発へ挑む企業は現れるのか。尾鉱再利用へ本気で投資する企業はあるのか。3Rを単なるESGの綺麗事ではなく、「国家資源戦略」として取り組む企業は存在するのか。それが、日本の未来を決める。APT1000ドル時代は終点ではない。むしろ始まりである。中国規制、ロシア遮断、軍需消耗、AI投資、半導体競争――この五重構造の中で、タングステンは再び「国家戦略物資」へ戻った。そして今、日本は静かに問われている。「あなた方は、本当に製造業国家として生き残る覚悟があるのか」と。
(注1)兒玉機関