お知らせ
2026.05.14
■ 山師が見逃してきた大国
レアアースといえば中国。それが長らく我々の常識であった。だが、その影にもう一つの存在があった。インドである。正確には、インディアンレアアース。存在は知られていた。しかし、重視されてこなかった。理由は単純だ。「あるが、使いにくい」それが現場の評価であった。
■ 山師の記憶――1988年、ボンベイにて
私が初めてインディアンレアアースを訪問したのは、1988年頃だった。和光物産の工藤社長の紹介で、ボンベイを訪れた時のことである。まだインドは閉ざされた経済の中にあり、資源ビジネスもどこか重く、動きが鈍かった。だが、すでに日本との関係は存在していた。和光物産(注1)昭和29年から対日代理権を持ち、長年にわたりインド産レアアースを日本へ供給していた。1988年当時、神戸の三徳金属(当時)、京都の新日本金属化学工業(当時)そして信越化学。
これらの企業に原料が供給されていた。つまり、日本はすでに、中国一極になる以前から、インドのレアアースと繋がっていたのである。彼らとの具体的な取引の裏話は、また別の機会に譲りたい。だが一つ言えることがある。資源の流れは、表に出るずっと前から動いている。
■ 砂浜に眠る資源――モナザイト
インドのレアアースは特殊である。それは山ではなく、海岸にある。ケララ州、タミルナドゥ州、オリッサ州。砂浜に含まれるモナザイト。軽希土類に加え、トリウムを含むこの鉱物は、資源としての価値と同時に、扱いの難しさを持っていた。ここが、インドの運命を分けた。
■ 国家管理という壁
インドのレアアースは長く国家管理下に置かれてきた。中核はIndian Rare Earths Limited(IREL)。だが山師の目から見れば、ここに本質がある。国家は安定をもたらす。しかし、スピードを失う。結果として、「資源はあるが、供給できない国」となった。
■ 中国との差――流れを作れなかった国
中国は違った。採掘し、精錬し、加工し、製品へと繋げた。流れを作った。インドは、採掘と分離で止まった。山師の世界では、「流れを作れない資源は価値にならない」これが決定的な差だった。
■ 日本との距離感
日本はインドに期待した。特に2010年以降、中国依存からの脱却を目指す中で、インドは重要な候補だった。だが、踏み込めなかった。量が出ない。品質が安定しない。スピードが遅い。山師の言葉で言えば、「間に合わない資源は存在しない」これが現実だった。
■ それでも動き出したインド
しかし、時代は変わる。インドは変わり始めている。民間開放、外資導入、加工能力の強化。そして最大の要因は、地政学である。中国以外であること。それ自体が価値となった。
■ 山師の読み――第二のカード
インドは主役ではない。だが、重要なカードになる。資源戦争は分散の戦いである。一極依存はリスクになる。そのリスクを和らげる存在。それがインドだ。しかし、インドは、今やEVや再生可能エネルギー、航空宇宙産業に不可欠なレアアース永久磁石(REPM)の国内自給率向上を目指し、国家主導の戦略を加速させている。中国への過度な依存から脱却するため、政府は約1300億円(7,280クロールピー)の予算を投じ、ネオジム・鉄・ホウ素(NdFeB)磁石の国内完結型バリューチェーンの確立を推進している。
この計画では、合計6,000トン規模の磁石製造キャパシティ構築を目標に、設備投資への資本補助や販売連動型のインセンティブを5年間にわたり提供する。資源確保においては、国内鉱山開発や電子ゴミの再利用に加え、他国との共同探査も視野に入れている。2025年には中国の輸出規制により自動車生産が危機に瀕するなど供給リスクが顕在化したが、インドはこれを機に製造自立を強め、国際的な主要生産国への飛躍を図っている。
7年間に及ぶこの長期プロジェクトは、成長著しいインドの電動車両市場のサプライチェーン保全に直結し、地政学的な安定をもたらす重要な試金石となる。
■ 未来――回す時代のインド
これからは「回す時代」である。このときインドはどうなるか。人口14億。巨大な消費。つまり、巨大な都市鉱山。採る国から、回す国へ。ここに、インドの本当の可能性がある。
■ 山師の結論
インディアンレアアースは、眠れる巨人である。すでに1980年代から、日本との流れは存在していた。だが、その力は十分に発揮されてこなかった。しかし今、状況は変わりつつある。資源とは、存在ではない。流れである。その流れを作る者が、価値を生む。インドはまだ未完成だ。だが、確実に流れに乗り始めている。山師はそれを見る。今は小さな波。だが、やがて潮流になる。資源を制するとは、最大の鉱山を持つことではない。選択肢を持つことである。インドは、その選択肢だ。それを理解した者だけが、次の資源の時代を制する。
(注1) 豊田通商による和光物産買収の戦略的意義
2008年、豊田通商はレアアース専門商社の草分けである和光物産を買収し、「豊通レアアース」へと社名を変更した。この買収の最大の狙いは、当時世界シェアの9割を握っていた中国への過度な依存を脱却し、供給源を多角化することにあった。和光物産が半世紀にわたり築き上げたインド産レアアースの独占的商権や販売チャネルを継承することで、豊田通商は自動車用モーターに不可欠な希少金属の安定調達基盤を確立したのである。これは単なる企業買収ではなく、日本の基幹産業であるハイブリッド車などの国際競争力を守るための、地政学的リスクを見据えた極めて重要な「資源の多極化戦略」の一環であった。