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2026.01.22
序章 秋の国際会議シーズンにて
秋風が吹き始める頃、世界のレアメタル関係者たちは一斉に動き出す。ロンドンのLME Weekでは非鉄金属の年次会議が開催され、ロンドン市内のホテルではモリブデン会議、コバルト会議、Minor Metal Forumが連日行われる。一方、中国ではほぼ同時期にレアアース国際会議が開かれる。私も長年その季節になると、ロンドンか北京、あるいは台北の仲間たちに会うため、毎年のように旅支度を整えた。会議場はビジネスの最前線であると同時に、旧友たちと再会する社交の舞台でもあった。
第一章 台湾の二つの名門 ― 天宏化学とCormax
私の台湾レアメタル人脈の中心には、二つの企業がある。天宏化学(Uranus Chemical)とCormaxである。1980年代、台湾でレアアース開発を手がけた日本人は、恐らく私くらいのものだろう。きっかけは台中市近郊の海岸でモナザイト資源(ブラックサンド)が発見されたことだった。モナザイトとは、希土類とトリウムを含む鉱物である。当時、台湾では放射性物質に対する法規制が緩く、実験的な精製が可能であった。
開発パートナーとなったのが、天宏化学の劉社長だった。湖南省の出身で、戦後に蒋介石総統とともに台湾へ渡った旧国民党系の一家である。彼は化学者としての才覚と実業家としての胆力を併せ持つ人物で、私は彼と**シュウ酸(oxalic acid)**の取引を通じて知り合った。私は当時、日本でその代理店を務めており、そこから台湾のモナザイト精製へと協力関係が広がった。
もう一方のCormaxは、台湾肥料公司の出身者である何氏が創業した化学メーカーである。彼の息子、Jim Hoが後に社長を継ぎ、台湾のレアメタル業界を代表する人物となった。天宏化学の劉社長の息子も米国留学から戻り、父の跡を継いだ。二人はまさに台湾レアメタル業界の次世代リーダーであり、私にとっては若き日の盟友であった。
第二章 友情の始まり ― 台湾の海岸で掘った夢
1980年代初頭、台湾の台中郊外では、海砂からモナザイトを抽出する実験が始まっていた。私は現地に何度も足を運び、試験プラントの立ち上げを見守った。潮風に晒された黒い土壌に、確かにレアアースの光沢を放つ鉱粒が混じっていた。当時、台湾ではレアメタル産業がまだ黎明期にあり、政府も規制よりも産業育成を優先していた。その環境が、私たちの冒険を後押ししたのである。
劉社長はよく言った。「日本人の君と仕事ができるのは、戦後の奇跡だ」。その言葉の背景には、戦中・戦後の複雑な日台関係がある。しかし、レアメタルという“地球の血”を扱う私たちは、政治を超えて協力する同志であった。モナザイトの抽出実験は、台湾レアアース産業の幕開けを告げる象徴的な出来事だった。
第三章 国際会議の再会 ― 時代の流れを感じて
年月は流れ、1990年代に入ると、私は中国や欧州で開かれる国際コバルト会議に招かれるようになった。ある年、北京で開催されたコバルト会議の会場で、思いがけずJim Ho社長と再会した。「君がここにいるとは!」と笑うJimの顔には、若き日の情熱がそのまま残っていた。
台湾ではなく中国の会議場で再び握手を交わしたことに、時代の変化を感じざるを得なかった。中国と台湾の技術・商業交流が活発化し、レアメタル業界はまさに“越境の時代”を迎えていたのである。その会場にはJimの息子たちも同席していた。若き日のJimに瓜二つの聡明な顔つきで、彼らが次の世代を担うであろうことを確信した。私の台湾人脈は、いつの間にか親子三代にわたる“レアメタル・ファミリー”へと発展していた。
第四章 中国と台湾の狭間で育まれた技術連携
レアメタルやレアアースの世界では、中国本土と台湾は政治的には分断されていても、技術や取引の面では密接につながっている。台湾の企業は中国の資源と人材を活用し、中国は台湾の化学精製技術と品質管理を学んだ。例えば、コバルトやニッケルのリサイクル技術、レアアースの溶媒抽出法などは、台湾企業が早くから導入しており、彼らの技術者の多くが本土企業の顧問を務めていた。
こうした交流は、政治的緊張を超えた“産業の共存関係”を築き上げた。私はその橋渡しの一人として、台北と北京、広州を何十往復もした。国境を越えても、レアメタルを愛する者たちの言葉は共通であった。
終章 レアメタル友誼の絆
レアメタルビジネスに身を投じて半世紀、台湾の友人たちとの縁は今も続く。Jim Ho、劉社長、そしてその子息たち――彼らは皆、私にとって“同志”であり“家族”のような存在である。今年のレアアース国際会議はマレーシアで開催された。私は体調の都合で参加を見送ったが、11月7日前後、世界中から旧友たちからのメッセージが届いた。「来年は必ず会おう」と。その一言が、再び旅立つ勇気をくれる。
レアメタルの世界は狭い。だが、そこに生きる人々の友情は、海峡を越え、大陸を結ぶほどに深い。台湾のレアメタル人脈――それは、私の人生の宝であり、世界をつなぐ“金属の縁”そのものである。