お知らせ
2026.01.22
はじめに:安全神話とリスク回避の国民性
資源争奪の時代が再び幕を開けた。レアメタル、レアアース、そしてエネルギー資源を巡る新冷戦構造は、もはや企業単位ではなく国家存亡を賭けた戦略競争である。だが、日本は長年「資源貧国」としての立場を甘受してきた。その背景には、単なる地質的制約を超えた「文化的欠陥」とも言うべきリスク回避の性向がある。
島国である日本は、外敵を排して和を保つことに価値を見出す文化を形成してきた。自然災害の多い国土で培われた“調和と安全志向”は、人間社会にも深く根を下ろした。だが、それが国際舞台での資源獲得競争になると、逆に「決断の遅さ」と「行動の鈍さ」として現れる。ここにこそ、資源ナショナリズムを巡る日本の宿命的なジレンマが潜んでいる。
第一章 カナダ・タングステン鉱山の幻影
2008年、私は三菱マテリアルを中心に、大手商社数社を束ねた資源買収プロジェクトを立ち上げた。対象はカナダ北部のタングステン鉱山。世界需要の高まりを受け、国際的な供給リスクを回避するには、日本企業による権益確保が急務だった。JOGMEC(石油・天然ガス・金属鉱物資源機構)も支援姿勢を示し、金融スキームも整いつつあった。誰もが成功を確信していた――その時、リーマン・ショックが襲った。
世界市場は瞬時に凍結し、企業は一斉に防御モードに入った。私は会議の最中に「うちは降りる」と発言した。現場の空気は凍りついた。だが、私は確信していた。資金繰りが崩壊した段階で、理想を掲げても戦略は成り立たない。だが、この発言が引き金となり、日本特有の“集団心理”が顔を出した。
官僚もコンサルタントも「今さら撤退はできない」と主張した。日本の会議文化では、個人の直感よりも「全員の合意」が重んじられる。すでに流れが決まっている案件では、誰かがリスクを口にすること自体が“場の空気を乱す行為”となるのだ。結果的にプロジェクトは宙に浮いた。勇気ある撤退ができず、資金調達も実行も中途半端に終わった。まさに「責任を分散する集団」の限界を見た思いであった。
第二章 同調圧力という無形の鎖
日本人は「和を以て貴しとなす」という教えに従ってきた。この言葉が社会全体に与えた影響は計り知れない。学校教育から企業文化に至るまで、「異なる意見を言わない」ことが美徳とされた。特にリスクを伴う意思決定では、この同調圧力が最も強く働く。海外の経営現場では、決断と責任が一体である。CEOが誤れば退陣し、成功すれば報酬で報われる。ところが日本では、失敗を避けるために合意形成を重ね、結論が先送りされる。誰もが“悪者になりたくない”ため、結果としてチャンスが失われる。
この心理構造は、まるで「村社会の遺伝子」である。共同体の中で波風を立てぬように行動し、異端者を排除する。戦後の奇跡的経済成長を支えたのは、この調和型の組織力だったが、21世紀の資源競争では、逆にそれが足枷となっている。リスクを取らぬ組織は、もはや世界の舞台で主導権を握れない。
第三章 旧ソ連崩壊と”逃した黄金のチャンス”
1991年のソ連崩壊は、地球規模の資源再編の幕開けだった。ニッケル、タングステン、プラチナなどの国家資産が民間市場に流れ出し、西側諸国はこぞって買収を仕掛けた。だが、日本は傍観した。
当時、私はモスクワとイルクーツクを行き来しながら、ロシア側の鉱山関係者と交渉を続けていた。だが日本政府の反応は鈍かった。
「ロシアは不安定すぎる」「官民一体の保証が得られない」「政治リスクが高い」
といった理由が並び、最終的には一歩も踏み出さなかった。
しかし同時期、カナダのノーザン・ダイナスティ社やノルウェーのノルスケ・ハイドロ社は果敢に参入し、莫大な鉱山権益を手に入れている。ロシアの荒廃した鉱区を安値で買収し、後に数十倍のリターンを得た。日本が逃したのは、単なる資源ではなく、地政学的ポジションそのものだった。この失敗の本質は「情報と決断の遅れ」にある。現場からの警告を信じず、官僚がリスクを回避し、政治が決断を避けた。まさに「誰も責任を取らぬ国家システム」の縮図である。
第四章 日本人の“恐れの文化”とリーダー不在の構造
日本社会には、「失敗=罪」という観念が強く根づいている。挑戦して失敗した者よりも、無難に過ごした者が評価される。この価値観が、起業家精神や冒険心を抑圧してきた。たとえばアメリカでは、破産経験を「学び」として尊重する。失敗を経てこそ次の成功があるという合理的文化だ。だが日本では、失敗すれば組織から排除され、名誉を失う。この構造の中で、誰がリスクを取るだろうか。
資源外交でも同じである。日本企業の海外鉱山投資は、成功よりも「損失回避」を前提に設計される。安全な枠組みを作ることに精力を注ぎ、結果としてタイミングを逃す。大胆に掘りに行く者がいなければ、資源の未来は開けない。 私は常々、「リーダーシップとは信念・勇気・決断の三位一体」であると考えている。だが日本の多くの経営者は、“合意形成の管理者”にはなれても、“決断の責任者”にはなれない。この差こそが、世界市場での競争力を削いでいるのだ。
第五章 変化を恐れぬ勇気を求めて
リスクを取らぬ者は、チャンスを掴む資格もない。資源戦争の時代においては、慎重さは美徳ではなく、敗北の序章である。私は半世紀にわたり、世界116カ国を駆け巡ってきた。どの国の山師も、共通して言う。「鉱脈を掘る前に、自分の心を掘れ」と。日本が再び資源大国としての自立を目指すなら、まず“恐れの文化”を超えねばならない。失敗を許容し、挑戦を称える社会を築くこと。それは単なる経営論ではなく、国家の生存戦略である。
JOGMECのような制度的支援も重要だが、もっと必要なのは現場の人間の勇気だ。判断の最前線に立つ者が、自らの信念に基づいて決断し、結果に責任を負う。そうした文化が根付かぬ限り、どれほど立派な政策を掲げても「実行の火」は灯らない。
結論:日本人の中に眠る“アルケミストの魂”
資源とは、地球の血であり、人間の意志を試す鏡でもある。日本人は古来、自然と共に生きる知恵を持っていた。ならば、恐れを超えて挑戦する力も、きっと内に秘めているはずだ。
“信念”とは、自ら信じる道を疑わぬ心。
“勇気”とは、失敗を恐れず一歩を踏み出す力。
“決断”とは、他人に委ねず己の責任で選ぶ覚悟。
この三つを取り戻すとき、日本は再び世界の資源地図に名を刻むだろう。リスクを避ける国から、リスクを制する国へ。それこそが、未来に火をともす真の“アルケミストの道”である。