お知らせ
2025.11.07
1.高市新首相の演説は以下である。
高市首相は演説冒頭、「国家国民のため、変化を恐れず果敢に働いてまいります。強い日本をつくるため、絶対に諦めない、そう決意をいたしております」などと述べた。 そのうえで、演説の中核に置いたのが「危機管理投資(crisis-management investment)」という概念である。これは、「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康医療安全保障、国土強靱化対策などの様々なリスクや社会課題に、官民が手を携え、先手を打って行う戦略的な投資です」 と定義されており、演説ではAI・半導体、量子、バイオ、造船、航空・宇宙、サイバーセキュリティといった「戦略分野」に対して大胆な投資促進を行うと明記された。 加えて、「中長期的には、日本経済のパイを大きくしていくことが重要です」との言葉があり、新たな成長を志向する強い宣言となっている。
この「危機管理投資」が意味するところは、「ただ成長する」ではなく、「安全保障・資源・供給網の脆弱性を起点に成長を生み出す」、というこれまでの経済政策とは少し異なる戦略への転換を意味する。資源という観点、自身が長年携わってきたレアメタルの輸入・開発に関わる立場から見れば、これはまさしく“資源安全保障”の観点からも重大な転機である。
2.資源開発・レアメタル政策の機会と課題
演説そのものには「レアメタル」という語は明示されていないものの、「経済安全保障」「供給構造の強化」「世界の投資資本が流れ込む好循環を生み出す」といった文言から、資源・原材料分野への関心が読み取れる。 ここで、私が提示したいのは、以下の三項目である。
(1) 資源獲得の地政学的優先化
高市政権は、従来「資源国に頭を下げる」日本の姿勢を改め、「資源安全保障」を国家戦略として位置付ける姿勢が明らかになってきている。実際、報道では「資源国に頭を下げる政策に終止符を」という発言も紹介されている。 これは、レアアースや希少金属について、これまで“供給国依存”を前提としてきた構図を、より対等な交渉関係/価値共有の仕組みに転換せよ、というメッセージと読める。私が30年にわたって買付けを実践してきたレアメタルビジネスでは、この“供給源依存”が常にリスクであった。今や国家がそのリスクを「経済安全保障」の枠で捉え直す、ということは、資源開発にとっての大きな契機である。
(2) 産業育成と供給チェーンの強靭化
演説では「供給構造を強化し、世界の投資家が信頼を寄せる経済を実現することで、世界の資本が流れ込む好循環を生み出します」と明記されている。 資源開発・レアメタル加工・再資源化・循環型資源エコシステムは、この「供給構造強化」の中核テーマになり得る。日本はかつて、輸入→加工→高付加価値製品というサプライチェーンで世界をリードしてきたが、近年その位置が揺らいでいる。資源段階においても、海外依存・中間加工の中国依存・供給停止リスクという構図が明るみに出ている。ここで日本が「国家戦略資源」としてレアメタルを位置付け、探査・開発・加工・リサイクルまでを官民一体で進めるならば、演説の掲げる「世界の投資を呼び込む好循環」が資源分野においてもリアルとなる可能性がある。
(3) 環境・開発のジレンマと倫理的リスク
但し、資源開発とは常に地政学・環境・地域社会・企業倫理の複雑な交錯点である。演説では「国土強靱化」「防災」「インフラに対する先手投資」という言葉がある。 レアメタル開発においても、例えば深海採掘・レアアース鉱床の開発・環境負荷・地域住民の理解といった課題が常に付きまとう。私自身、「レアメタル千夜一夜」で繰り返してきたテーマでもある。高市政権が資源開発を国家戦略に据えるならば、これらの環境・倫理的ハードルをクリアしつつ、透明性・地域参画・国際協調を図る姿勢を示さなければ、政策としての一貫性・持続性を欠くことになろう。演説上はこれらに対する言及が明確ではない。ゆえに、私の視点からは「機会」だけでなく「責任」も併せて議論すべきである。
3.経済強化とレアメタル・資源ビジネスの接点
演説では、短期的な物価高対策と並行して、中長期の産業・成長戦略が示されている。特に注目すべきは、「AI・半導体、造船、量子、バイオ、航空・宇宙、サイバーセキュリティ等の戦略分野に対して、大胆な投資促進、国際展開支援、人材育成、スタートアップ振興、研究開発、産学連携、国際標準化といった多角的な観点からの総合支援策を講ずる」点である。 この文脈において、レアメタル・資源分野が果たす役割を私は次のように整理する。
(1) 戦略材料としてのレアメタル
AI・半導体・量子技術・航空宇宙という戦略分野では、必須となる基盤材料としてレアメタル(レアアース、希少金属、特殊金属など)が欠かせない。日本が“戦略分野”で勝負をかけるならば、材料・部品・機能材料のサプライチェーンを自国・同盟国内で確保する「素材主権」が焦点となる。高市演説の「経済安全保障」「供給構造の強化」という言葉は、まさにこの「素材主権」をも内包している。従って、レアメタル開発・確保・加工・流通の一連の構造改革は、演説の成長戦略と整合性を持つと言える。
(2) 投資促進と産業展開の好機
演説の「世界の投資家が信頼を寄せる経済を実現し、世界の資本を呼び込む」という文言に、私は資源開発プロジェクトへのグローバル資本参加の可能性を重ねている。レアメタル鉱山開発、深海・宇宙鉱山探査、再資源化・リサイクル技術などの分野は、国内資金だけで完結するものではない。グローバルな資本・技術・パートナーシップが不可欠である。つまり、政策環境が整えば、資源システムそのものを成長産業化する道が開ける。高市演説がその政策土台を示したと私は読む。
(3) 地域と資源・産業重心の転移
演説では地方創生・地域未来戦略の言及もあり、地方への大規模な投資を誘致し、地域ごとに産業クラスターを形成するとしている。 資源開発はしばしば地方・過疎・離島・海域を舞台とする。ここで地域振興、雇用創出、産業クラスター化という地方戦略とレアメタル開発を紐づけることで、「地域経済の発展」と「国家資源戦略」の相乗が可能となる。例えば、深海レアメタル開発の基地や船舶・海洋探査技術を地方産業に取り込む、といった構図である。高市政権の成長戦略において、こうした“資源×地域”の構図は一つの鍵となろう。
4.私見:資源戦略の“現場”が問うべき三つの視点
レアメタル取引の長いキャリアを有する者として、高市演説が提示する政策構想を、現場の視点から冷静に問い直したい。以下、三つの視点である。
視点A:供給多様化と公民連携
資源開発において最大の教訓は「供給先を一点に依存してはならない」ことである。中国のレアアース禁輸、ロシアの資源供給制限、南米・アフリカの開発環境の不安定さなど、供給の地政学リスクは枚挙に暇がない。高市演説の「経済安全保障」「供給構造の強化」という言葉は、この教訓を国家レベルで反映せよという意味を持つ。
だからこそ、政府・官庁がレアメタル開発・供給において、民間企業と手を携え、探査・開発・加工・リサイクルまでを見据えた“公民連携”の枠組みを提示することが必要である。単なる補助金・税制優遇だけでなく、安定的な需給調整・在庫政策・外交協定などが含まれねばならない。これが現場に求められる“資源強靱化”である。
視点B:付加価値化と産業クラスター化
資源をただ輸入し、国内で使うだけでは“強い経済”には繋がらない。演説にあるように、「世界共通の課題を解決する製品・サービス・インフラを提供できれば、更なる日本の成長につながります」 。つまり、レアメタルを素材として留めず、加工・機能化・最終製品・リサイクル途上のビジネスモデルを国内で構築し、さらには海外展開して“富を呼び込む”ことが求められている。これは私がこれまで実践してきた輸入買付・加工先設定・国際取引の延長線にある。国家戦略として、レアメタル素材の“脱・単なる取引”化を図るべき時である。
視点C:倫理・環境・地球規模の整合性
資源開発は地元住民の理解、環境保護、地域の社会構造、さらには国際的な鉱物倫理(Conflict Minerals, ESG)などの制約を伴う。演説にはこうした言及が希薄であるが、実務の現場では避けて通れぬテーマである。特に深海採掘や未開地域での鉱床開発、レアアース採掘に伴う環境負荷・補償問題・リサイクルの必要性など、私も「レアメタル千夜一夜」で繰り返し論じてきた。この点をないがしろにすれば、国家戦略としての資源政策は長期的に持続せず、国際的信用を損なう。“強い日本経済”を謳うのであれば、環境・倫理の基準を高めつつ、高市政権が掲げる成長戦略と資源戦略をリンクさせる必要がある。
5.結びに代えて:レアメタル戦略が描く新たな航路
高市首相の所信演説は、単なる経済成長の宣言ではない。経済安全保障・資源戦略・供給構造強化・産業クラスター・地域振興といった一連の言葉の中に、「資源を巡る新たな国家戦略」の芽が見える。私自身、世界116ヵ国を訪れ、レアメタルの輸入買付・商社経営に携わってきた経験から言うならば、今こそ日本が“素材主権”を取り戻し、“供給網の脆弱性”を克服し、“加工・付加価値化‐再資源化”のサイクルを国内に構築する時である。
演説で掲げられた「危機管理投資」こそが、我が国がレアメタルという資源課題とどう向き合うかを示すキーワードである。即ち、単なる防御的な備えではなく、「リスクを起点に新たな成長を生む」という発想だ。資源開発も例外ではない。資源を「ただ確保する」だけでなく、「活かし、稼ぎ、循環させる」構図を設計すべきである。
もちろん、言葉もちろん実践するには制度設計、予算措置、国際交渉、地域・環境配慮、産業再編といった次元で難題が山積だ。しかし、「しかし政策を、一歩でも二歩でも前進させていく。決断と前進の内閣です」という首相の宣言 に鑑みれば、資源開発・経済強化という私のテーマもまた、風向きが変わったと言ってよい。
本稿を「レアメタル千夜一夜」の特別寄稿として、これから資源政策が描く航路を追い続けたい。次稿では「深海採掘産業」と「中国のレアアース禁輸」が交錯する現在の潮流を、今回の演説の文脈も交えて掘り下げる予定である――それでは、本日の一夜をここに結ぶ。