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2025.09.30

レアメタル千夜一夜 第78夜 南米のレアメタル:コロンビアとエクアドルの地政学、資源、歴史、経済、政治

はじめに


 私の放浪時代は、南米の山岳と密林を越える旅であった。ペルーからエクアドルを経て、コロンビアのカリからメデジンを通り、ボゴタへと辿り着いた。その道中には常に銃声の影が付きまとい、同時に人々の逞しい笑顔と市場の喧噪があった。


 ボゴタでは父の友人、河合氏の家に泊めてもらった。彼の息子兄弟はエメラルド商を営み、河合さんは鉱区までも所有していた。家の門は完全武装の警備で守られ、そこに群がる宝石商たちは門前市を成していた。河合さんの保有するエメラルド鉱区が四国よりも広大であると聞き、鉱物資源の持つ「富と暴力の磁力」に戦慄した記憶は今も消えない。


 一週間の滞在中、既に犯罪組織の息が鉱山地域に忍び寄っていることを肌で感じた。後年、河合氏がフロリダ入国時に無実の罪で投獄されたと耳にしたとき、私はコロンビアの現実の重さを改めて痛感した。以後、バランキージャやカルタヘナを幾度か訪れたが、美しいカリブの街並みの裏に、油断ならぬ商売の匂いが漂っていた。


 また、河合さんとの会話の中にブラジルのユーカリ植林の話があった。元々ブラジルの放浪の目的は森林資源の調査であった。コロンビアのエメラルド資源やレアメタル資源に多大なる興味があったが河合氏の四国の面積より広い土地の利用にはユーカリ植林が最適だと直感した。帰国後も大学院に復学してからもユーカリ材パルプの研究とレアメタル資源研究の二足の草鞋にハマっていった。(注1)
この体験こそが、私にとってレアメタルと南米を語るときの原点である。


コロンビアのレアメタル資源と地政学


 コロンビアには、多様な戦略鉱物の潜在資源が眠っている。研究によれば、その分布面積は国土の実に 27.3% に及ぶという(mdpi.com)。数字だけ見れば、南米の「未完の宝庫」である。しかし、この宝庫には常に影が差している。インフラ不足、環境破壊の危険、そして何より「秩序なき採掘」が地域を荒廃させる。黄金を求めて流れ込む人間の欲望が、国家と社会の均衡を揺るがしてきたことは、歴史が雄弁に語っている。


歴史の重層


 コロンビアの歴史は、独立の理想から内戦の混迷へ、そして麻薬カルテルの暴力へと揺れ動いてきた。メデジン・カルテルの存在は、国家の法と秩序を嘲笑うかのようであった。エメラルド採掘をめぐっても同様である。富を生む鉱区は、しばしば血を呼び、そこに暮らす人々をも翻弄した。私は門前市の賑わいを目の当たりにしつつ、その背後に潜む銃の匂いを感じ取っていたのである。


エクアドルのレアメタル資源と地政学


 エクアドルの南部、ザモラ‐チンチペ州に広がる Mirador銅鉱山 は、同国初の大規模露天掘り銅鉱山であり、日量3万トンを処理する巨大施設である(en.wikipedia.org、nsenergybusiness.com)。銅、金、銀が眠るこの鉱山は、外貨獲得の夢であると同時に、環境と先住民の権利をめぐる葛藤の象徴でもある。隣接する San Carlos-Panantza鉱山 では、Shuar族の激しい抵抗によって操業が停止している(en.wikipedia.org)。資源が国を潤すか、国を分断するか。その分岐点にエクアドルは立たされている。


経済と政治


 エクアドル政府は鉱業を国家戦略に据え、中国企業の資本を積極的に受け入れてきた(jp.reuters.com)。しかし、その歩みは常に抗議と対立に阻まれている。環境保護団体や先住民は、鉱山開発を「文明の侵略」と捉え、道路封鎖やデモを繰り広げている。経済成長と環境保護、国家財政と地域共同体。いずれも無視できぬ正義であり、それゆえに解は容易に見つからない。


犯罪組織と違法採掘


 南米の鉱物資源は、常に裏社会の影と背中合わせである。コロンビアでは麻薬カルテルが金やエメラルドの密輸に関与し、国家の根幹を揺るがしてきた。ただし、リチウムや希土類といった新しい戦略鉱物への関与は現時点で確証がない。


 一方エクアドルでは、違法金採掘に犯罪組織が介入し、地域社会を不安定化させている(elpais.com)。法の届かぬ密林で掘り返される大地は、時に「国家よりも強い組織」の存在を証明してしまう。


結論


 コロンビアとエクアドルは、いずれも「眠れる鉱脈」を抱える国である。しかし、その眠りを覚ますためには、大地だけでなく、人心、政治、環境すべてを調和させねばならない。南米のレアメタルは、世界経済を支える希望の光である。しかし同時に、それは暴力と不正義を呼び寄せる影でもある。私は放浪の旅でその光と影を見た。だからこそ、南米の資源開発を語るとき、数字や政策だけではなく、そこに生きる人々の声と、流れた血の記憶を忘れてはならぬと考える。
注1 https://andesakura.exblog.jp/25798530/


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