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2026.10.14

レアメタル千夜一夜 第193夜 クロム① 黒い鉱石を握る者が、ステンレスの世界を動かす

クロム① 黒い鉱石を握る者が、ステンレスの世界を動かす――カザフ、セルビア、アルバニアで見た「資源の裏側」


 結論から言おう。クロムは鉱山だけ見ていては分からない。今回の結論を最初に言ってしまおう。クロムの世界で本当に重要なのは、どこの国に鉱石が埋まっているかだけではない。その鉱石を誰が押さえ、誰が動かし、誰がフェロクロムにし、最後に誰がステンレスとして消費するかである。現在なら、世界最大のクロム鉱石生産国である南アフリカと、巨大なフェロクロム・ステンレス産業を持つ中国を見れば、世界の大きな流れは分かる。しかし私が半世紀のレアメタル商売から学んだのは、大きな流れだけを追いかけていても商売にはならないということである。人が南を向けば、私は北を見る。誰もが南アフリカを見ているなら、カザフスタンへ行く。それでも駄目ならセルビアへ行く。さらにアルバニアの山まで見に行く。山師の商売とは、そんなものだった。


ニッケルが王様なら、クロムは門番である


 私はニッケルを「レアメタルの王様」と呼んでいる。ならばクロムは、「ステンレスの門番」である。クロムはニッケルほど派手ではない。しかし鉄にクロムを加えることで不動態皮膜ができ、腐食に強いステンレスになる。普段は目立たない。しかし止まれば代わりがない。こういう金属ほど資源屋には怖い。そしてクロムの原料であるクロマイト、つまりクロム鉄鉱の世界は地理的に偏っている。南アフリカ、カザフスタン、トルコ、インド、ジンバブエなどである。当然、私も南アフリカへ行った。しかし南アフリカは王道である。王道には世界中の商社もメーカーも集まる。私が興味を持ったのは、その外側だった。


1992年、混乱のアルマトイへ


 クロム商売で最も鮮烈に記憶に残っているのは、1992年のカザフスタンである。前年の1991年12月、ソ連が崩壊した。その直後のカザフスタンである。私はアルマトイへ入った。今振り返っても、あの時代の空気は独特だった。昨日までソ連という巨大国家の一部だった国が、突然「独立国」になった。政治も経済も通貨も企業制度も、人々の価値観まで揺れていた。国家は独立した。しかし昨日まで国家のものだった鉱山、製錬所、鉄道、販売権を明日から誰が握るのか。まだ何も固まっていなかった。そこに資源商売の巨大な空白地帯が生まれていた。そしてカザフスタンには世界有数のクロム資源があった。私が目を付けたのも当然だった。


カズクロムを巡る「四人」の記憶


 その頃のアルマトイで、私の記憶に強烈に残っている四人の人物がいる。アレクサンダー・マシケビッチ。パトック・ショディエフ。アリジャン・イブラギモフ。そして、アルマズ・イブラギモフ。三十年以上前のことであり、後年形成された企業組織や持株関係と、当時私が現地で接した人間関係をそのまま同一視することはできない。後にマシケビッチ、ショディエフ、アリジャン・イブラギモフの三人は「ユーラシアン・トリオ」として知られ、カズクロムを含む資源事業はENRC、さらに現在のERGへとつながっていく。しかし私自身の1992年のアルマトイの記憶では、アルマズ・イブラギモフを含めた「四人」なのである。私は当時、彼らを半ば冗談、半ば畏敬を込めて「四人のマフィア」のように感じていた。もちろん、これは犯罪組織という意味で言っているのではない。旧ソ連という巨大な国家システムが崩れた後の混沌の中で、資源、人脈、情報、政治、商売を動かそうとしていた、圧倒的にエネルギッシュな人間たちという意味である。東京の商社の会議室とはまるで違う世界だった。


鉱山を買う前に、人間を読まなければならなかった


 あの頃のカザフスタンでは、地質図だけ眺めていても商売にはならなかった。誰が鉱山を握っているのか。誰が製錬所を動かせるのか。 誰が鉄道を押さえているのか。誰が政府と話せるのか。誰が輸出を許可できるのか。そして何より、誰を信用してよいのか。ここが一番難しかった。契約書を書けば商売が成立するという世界ではない。昨日の権力者が今日も権力者である保証もない。会社の看板より、人間そのものを見る必要があった。私はカザフスタンでクロム以上に重要なものを学んだ。資源とは、地質と政治と人間が三位一体になった商品なのである。 これはその後、中央アジアでもロシアでも中国でもアフリカでも、私の資源商売の基本になった。


セルビアには「ダンコ」がいた


 クロムと聞けば、もう一人忘れられない男がいる。セルビアのダンコである。ダンコはクロムの商売に大変熱心だった。東欧・バルカンという地域は、西欧から見れば周縁かもしれない。しかし資源屋の地図は違う。旧ユーゴスラビアからアルバニア、ギリシャ、トルコへと鉱物資源のベルトがつながって見える。資源商売では、鉱山との出会いより先に人との出会いがある。「この男の向こう側に、どんな鉱石があるのか」それを見る。私にとってダンコは、そんなクロム商売を象徴する人物だった。


そしてアルバニアの山へ


 さらに私はアルバニアのクロム鉱石にも目を付けた。アルバニア在東京FATOS大使と現地訪問した。当時のアルバニアは日本の商社が押しかけるような国ではなかった。だから私は行った。皆が知っている鉱山へ皆と一緒に行っても、後発の商売人には勝ち目がない。人のやらないことをやらなければ商売にはならない。山を見る。鉱石を見る。道路を見る。港を見る。誰が採掘するのか聞く。どこまでトラックで運ぶのか。船積みできるのか。そして日本まで持ってきて採算が合うのか。鉱石が地下にあるだけでは資源ではない。山から港へ運べなければ商品にならない。地下資源が商材になるまでには、人間、物流、金融、政治という長い道がある。カザフスタンでも、セルビアでも、アルバニアでも同じだった。


 クロムの世界地図は変わった。それから三十年以上が過ぎた。現在のクロム市場を見れば、巨大な鉱石供給地は南アフリカであり、一方で巨大な需要と製錬能力を持つ中国の存在が大きい。ここには奇妙な「ねじれ」がある。鉱石を持つ国と、市場に大きな影響を与える国が違う。中国は世界最大のクロム鉱山国になる必要はなかった。世界から鉱石を買う。フェロクロムにする。ステンレスを大量生産する。そして世界最大級の需要家になる。資源を持つ者だけが強いのではない。資源の「流れ」を握った者が強いのである。1992年のアルマトイで私が見たものと、現在の中国中心のクロム産業は、一見まったく違う。しかし本質は同じなのかもしれない。資源の価値を決めるのは、地下に眠っている鉱石だけではない。誰がそれを動かせるかなのである。


 クロムは地図ではなく、足で覚えた私にとってクロムは教科書で覚えた金属ではない。南アフリカの鉱山。1992年、独立直後のアルマトイ。マシケビッチ。ショディエフ。アリジャン・イブラギモフ。アルマズ・イブラギモフ。セルビアのダンコ。そしてアルバニアの山。そういう人間の顔と土地の匂いと一緒に覚えた金属である。半世紀の商売を振り返ると、結局一番大切だったのは、「人の行かないところへ行く」ことだったように思う。クロムの鉱石は黒い。しかし、その黒い石の向こうには国家があり、政治があり、物流があり、そして何より人間がいる。それを見なければ資源商売は分からない。次の第194夜では、その黒いクロマイト鉱石を電気炉へ入れ、ステンレス原料のフェロクロムに変える世界へ進みたい。そこで主役になるのは鉱山ではない。電力である。フェロクロムとは、クロム鉱石に大量の電気と技術を詰め込んだ、いわば**「電気の缶詰」**なのである。しかし、ここで一つだけ気になることがある。鉱石を持つ国と、電力を持つ国と、製錬技術を持つ国が同じとは限らない。では、黒い鉱石はどこで価値を持ち、誰の手で金属へ変わるのか。その答えを追っていくと、クロムの本当の主役が、鉱山の奥ではなく電気炉の前に立っていることが見えてくる。第194夜では、その炉の中で何が起きているのかを見ていこう。

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