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2026.07.29

レアメタル千夜一夜 164夜 AI文明が呼び覚ます中央アジア資源回廊

―ユーラシアの心臓部で始まる新しい資源地政学―


 私が本格的に中央アジアの大地を踏んだのは1991年から1992年にかけてだった。ちょうどソビエト連邦が崩壊した直後である。当時の日本では中央アジアという言葉すらほとんど知られていなかった。カザフスタン。キルギス。ウズベキスタン。タジキスタン。トルクメニスタン。これらの国々は独立したばかりで、政治も経済も混乱の真っただ中にあった。しかし私はその時から確信していた。この地域は将来必ず世界経済において重要な存在になる、と。なぜなら中央アジアは世界有数の資源地帯だったからである。そして今、その予感は現実になろうとしている。AI文明の到来が、忘れられていた中央アジアを再び世界史の舞台へ押し上げ始めているのである。


ソ連崩壊後の混乱の中で始まった資源開発


 私が最初に注目したのは東カザフスタンの工業都市ウスチカメノゴルスク(現在のオスケメン)だった。この地域は旧ソ連時代から非鉄金属産業の一大拠点として知られていた。チタン。タンタル。ベリリウム。レアアース。さらにはウランや希少金属の研究開発機関が集積していた。私は日本の商社マンとして、この地域との資源開発協力に深く関わった。特にODA案件として、①東カザフスタン非鉄研究所との技術協力②カラオトケル・チタン鉱山開発協力を進めたことは今でも鮮明に記憶している。当時の中央アジアは資源こそ豊富だったが、資金も技術も市場も不足していた。しかし現地の技術者たちは極めて優秀だった。私は旧ソ連が残した技術基盤の厚さに驚かされた。その後イルティシュ化学工場ではレアアース分離事業にも携わり、日本への開発輸入を進めることになった。


キルギスで見た資源国家の可能性


 私が関わったのはカザフスタンだけではない。キルギスでも開発輸入事業を進めた。レアアース。アンチモン。高純度シリコン。これらは当時から将来性が高いと考えられていた。特にアンチモンは難燃材や軍需用途で重要な戦略鉱物である。また高純度シリコンは現在の半導体産業や太陽光発電産業の基礎素材となっている。三十年以上前に取り組んだ事業が、今のAI文明や半導体革命につながっていることに不思議な縁を感じる。


中国の一帯一路が変えた中央アジア


 2000年代以降、中央アジアを大きく変えたのが中国だった。中国は「一帯一路」政策を掲げ、鉄道、道路、パイプライン、物流網へ巨額投資を行った。中央アジアはユーラシア大陸の中央に位置する。中国にとっては欧州へ向かう陸上ルートの要衝である。中国資本は鉱山にも流入した。レアアース。銅。ウラン。金。中国企業は次々と権益を取得していった。中央アジア諸国にとって、中国は最大の投資国となったのである。しかし近年、その関係にも変化が見え始めている。


ウクライナ戦争がもたらした脱ロシアの流れ


 2022年のウクライナ戦争は中央アジアに大きな衝撃を与えた。旧ソ連諸国にとってロシアは長年の宗主国であり最大の経済パートナーだった。しかし戦争以降、各国はロシア依存のリスクを強く意識し始めた。カザフスタンはロシアとの友好関係を維持しながらも一定の距離を置く外交を展開している。ウズベキスタンも独自路線を強めている。欧州との物流ルートである「中間回廊(ミドルコリドー)」の整備も進んでいる。 中央アジアは今、脱ロシアを模索しているのである。


そして始まる脱中国の動き


 さらに興味深いのは脱中国の兆しである。中国の投資は歓迎されてきた。しかし過度な依存への警戒感も高まっている。鉱山権益。インフラ支配。債務問題。こうした問題は各国にとって新たな課題となった。中央アジア諸国は現在、ロシア一辺倒でもない。中国一辺倒でもない。第三の選択肢を求めている。そこで存在感を増しているのが日本である。


日本に求められる新しい役割


 日本には中国のような巨大資本はない。ロシアのような軍事力もない。しかし日本には技術がある。工程管理がある。品質保証がある。環境技術がある。分離精製技術がある。私は三十年以上中央アジアと付き合ってきたが、現地が本当に求めているのは「信頼できる技術パートナー」である。実際に住友商事はウラン残渣からのレアアース回収を進めている。三菱商事はガリウム調達で提携を始めた。日本企業の存在感は確実に高まっている。


AI文明が中央アジアを再び目覚めさせる


 AI。半導体。データセンター。EV。再生可能エネルギー。宇宙産業。これらは膨大なレアメタルを必要とする。その結果、中国一極依存からの脱却が世界的課題となった。私はその受け皿の一つが中央アジアになると考えている。カザフスタンの資源。キルギスの水力発電。ウズベキスタンの工業化。これらを結ぶことで新しい「中央アジア資源回廊」が形成される可能性がある。三十年以上前、私は独立直後の混乱する中央アジアを歩いた。あの時は夢物語だった。しかし今、その夢が現実になろうとしている。AI文明はユーラシアの心臓部を再び目覚めさせようとしているのである。

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