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2026.07.17

レアメタル千夜一夜 162夜 カザフスタン再訪――忘れられたレアアース大国の目覚め

イルティシュ河の記憶と35年の歳月


 今年8月、私は久しぶりにカザフスタンを訪問する予定である。目的はただ一つ。レアアース開発の現状をこの目で確かめることである。私が初めて東カザフ州のウスチカメノゴルスク(現在のオスケメン)を訪れたのは1989年だった。当時私は蝶理に勤務しており、日本とカザフスタンの産業交流を目的とした「日本カザフ見本市」に参加するため現地を訪れた。その時、まだカザフスタンという国は存在していなかった。ソビエト連邦崩壊前夜である。


 そして1991年12月、カザフ・ソビエト社会主義共和国はカザフスタン共和国として独立した。私は偶然にも、その歴史的転換点を現場で見ていた一人である。それ以来、私は毎年のように東カザフ州を訪れた。チタン。タンタル。ベリリウム。そしてレアアース。旧ソ連が築き上げた特殊金属産業の現場を歩き、日本向け輸出や共同開発に携わってきた。振り返れば35年近い付き合いになる。今回の訪問は単なる出張ではない。私自身のレアメタル人生を振り返る旅でもある。


オスケメンという特殊金属都市


 私が最も頻繁に訪れたのはオスケメンである。東カザフ州にはカザフスタン全土の8割の鉱物資源が眠っている。従ってこの都市は旧ソ連時代から非鉄金属産業の一大拠点として発展してきた。チタン工場。タンタル工場。ベリリウム工場。ウラン工場。そして各種研究機関。旧ソ連の軍需産業や宇宙開発を支えた特殊金属技術が集中していた。初めてオスケメンに来た時にはカザフ人は少なかったのでアメリカの西部の町に迷い込んだような印象をもった。


 当時の私は、日本市場向けに特殊金属を開発輸入する立場として、多くの工場や研究施設を訪問した。設備はどの工場でも古かった。資金も不足していた。しかし技術者たちの知識と経験には驚かされた。カザフスタン共和国の東カザフ州のウスチカメノゴルスク(現在のオスケメン)は約36万人の人口であった。当時はロシア系が市内の大半でカザフ人比率は少なかった。ドイツ系が6%と聞いたしウクライナ系も2〜3%は居た。特に旧ソ連時代に育成された技術者たちにはドイツ系やウクライナ系の技術者も多かったようだ。旧ソ連時代には基礎科学力と応用技術力は極めて高かった。私はそこで初めて、資源大国とは単に鉱山を持つ国ではなく、技術を持つ国でもあることを学んだ。


イルティシュ化学工場との挑戦


 1993年前後、私は約5年間にわたりイルティシュ化学工場と共同でレアアース分離事業の開発に取り組んだ。原料はロシア・ウラル地方のソリカムスク・マグネシウム・コンビナートから供給されるローパライト由来の塩化希土である。それを個別のレアアースに分離し製品化する計画だった。当時のカザフスタンは独立後の混乱からようやく立ち直りつつあった。経済は厳しく、多くの工場が存続の危機に直面していた。それでも私は大きな可能性を感じていた。「中国以外でレアアース産業が育つとしたらカザフスタンではないか」そう考えていたのである。


なぜ眠り続けたのか


 しかし、その後の世界は中国一強の時代へ向かった。レアアース産業は鉱山だけでは成立しない。分離精製工程こそが利益の源泉である。中国は環境負荷やコスト競争力を武器に分離精製工程を国家戦略として育成した。結果として世界中のレアアース開発は停滞した。カザフスタンも例外ではなかった。鉱床があっても事業化できない。技術があっても採算が取れない。私が蒔いた種も、長い間土の中で眠り続けることになった。


再び目覚める資源大国


 だが世界は再び変わり始めている。米中対立。AI革命。EV革命。風力発電の拡大。半導体競争。そして経済安全保障。レアアースはもはや単なる工業原料ではない。国家戦略物資そのものである。欧米諸国は中国依存の危険性を認識し、新たな供給源を求め始めた。その中で再び注目されているのがカザフスタンである。豊富な資源。比較的安定した政治体制。欧州との強い関係。そして中国とロシアに挟まれた地政学的重要性。かつて眠っていた資源大国が再び目を覚まそうとしているのである。


山師は未来の匂いを追う


 私は今回の訪問で過去と現在を比較したい。あの工場はどうなったのか。かつての技術者たちは今も現場にいるのか。レアアース開発はどこまで進んでいるのか。資料や統計だけでは分からない現実がある。資源開発とは人間の営みである。現場に立たなければ本当の姿は見えない。私は七十代後半になった今も、その現場主義を捨てるつもりはない。山師とは未来を予測する人間ではない。未来の匂いを嗅ぎに行く人間である。8月。私は再びイルティシュ河畔に立つ。35年前に見た夢の続きを探すために。

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