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2026.06.15

レアメタル千夜一夜 第151夜 中国が握る「鋼鉄の牙」――タングステン禁輸が世界を変える

 GWの終わった春の京都を歩いていると、外国人観光客の喧騒とは別に、世界経済の地殻変動が静かに聞こえてくることがある。半導体、AI、軍需、エネルギー――華やかな言葉が飛び交う裏側で、実は一つの地味な金属が世界を支配し始めている。タングステンである。一般人には馴染みが薄い。しかし、この金属なくして現代文明は成立しない。超硬工具、半導体製造装置、航空宇宙、EV、ロボット、工作機械、装甲貫通弾、ミサイル、発電設備。すべての産業の「刃先」にタングステンが潜んでいる。


 私が半世紀前から中国の広州交易会で初めて輸入したレアメタルがタングステン塩類であった。5トンのサンプルをトライアルで輸入したがドラム缶の中から煉瓦や木片やボロ布が出てきて大クレームになった痛恨の思い出がある。文化大革命の直後で当時の中国は大混乱の時期であった。そんな最悪の経験から誰も相手にしない三流国家が世界の大資源国家に成長するとは誰一人想わなかったのである。そのタングステンについて以下にまとめたい。


 タングステンとは元素記号W。融点3422℃。金属中最高レベルの耐熱性を持つ。しかも硬い。重い。摩耗しない。だからこそ、戦争でも工場でも、最後に頼られる。そして今、そのタングステンを中国が握っている。レアアースよりも古い歴史を持っているのだ。2025年、中国政府はタングステン関連品の輸出管理を強化した。表向きは「許可制」であり全面禁輸ではない。しかし市場は敏感である。実質的には供給制限であり、「いつ止まるかわからない」という恐怖が価格を押し上げた。


 私は50年以上レアメタルの現場を歩いてきたが、今回の相場は単なる市況循環ではないと見ている。これは「国家戦略相場」である。そもそも中国は世界のタングステン供給の約8割を占める。しかも単なる鉱石だけではない。APT、タングステン粉末、炭化タングステン、超硬工具素材に至るまで、中国はサプライチェーン全体を握っている。ここが重要である。


 レアメタル市場では、「鉱山を持っている者」が強いのではない。「精製と加工を支配した者」が覇者になる。既に紹介したように中国は「安かろう悪かろう」の三流レアメタル大国だったが、実は日本人技術者が精錬も精製も加工も高純度化も心血を注いで技術移転したのである。モリブデンでもコバルトでもレアアースでも同じだが、中国は単なる資源大国ではない。環境汚染を受け入れながら、中間工程を徹底的に囲い込んだ。その結果、西側は「採掘は出来ても加工出来ない」という奇妙な状態に陥った。タングステンはその象徴である。


 2025年以降、市況は暴騰した。APT価格は一気に1000ドル/mtuを突破し、FeWも急騰した。市場関係者の多くは「投機だ」と言う。しかし私はそうは思わない。本当の理由は、軍需とAIである。まず軍需。ウクライナ戦争は完全に消耗戦へ移行した。砲弾、ミサイル、装甲貫通弾、耐熱部材。タングステンは現代兵器の骨格である。しかも戦争で使われたタングステンは回収されない。超硬工具のようにリサイクルされず、爆発し、燃え、戦場に消える。つまり、軍需需要は「永久消耗型需要」なのである。


 さらにイラン情勢も不安定化している。中東での軍事緊張が拡大すれば、世界の軍需向け特殊金属需要はさらに増加する。しかし、より恐ろしいのはAIブームである。AIは仮想世界の話に見える。しかし実態は、膨大な電力と半導体工場とデータセンターの建設ラッシュである。GPUを作るにも、半導体装置を作るにも、超精密加工が必要になる。その刃先を支えるのが超硬工具であり、そこに大量のタングステンが使われる。つまりAI革命とは、「レアメタル爆食産業」なのである。私は長年、鉱山よりもサプライチェーンを見てきた。資源の世界では、需給が崩れ始める時、市場は理性では動かない。「足りなくなる前に確保する」という恐怖が市場を支配する。


 現在、西側諸国は慌てて代替供給源を探している。ベトナム、ロシア、カザフスタン、スペイン、ポルトガル、豪州。しかし鉱山開発は一朝一夕には進まない。環境規制、資金、インフラ、精製技術、人材。どれを取っても10年単位の時間が必要である。そして、その間にも中国は市場支配を続ける。ここで誤解してはならないのは、中国が「悪」だから問題なのではないという点だ。むしろ中国は国家戦略として極めて合理的に動いている。問題は、日本が何も準備してこなかったことである。


 かつて日本には鐘打鉱山や喜和田鉱山があり、タングステン産業が存在した。しかし価格競争と環境問題の中で国内鉱山は衰退した。日本企業は中国依存を深め、「安いから買う」という短期合理性に流された。だが、レアメタルは単なる商品ではない。地政学そのものなのである。私は今後、APT価格はさらに最低5割以上上昇する可能性があると見ている。理由は単純だ。中国規制、軍需、AI、ロシア供給停止、西側の在庫積み増し――すべてが同時進行しているからである。これは「一時的高騰」ではない。


 世界が、タングステンを「工業材料」から「国家戦略物資」へ再定義し始めたのである。そして、その変化はまだ始まったばかりだ。今回の千夜一夜シリーズでは深刻なレアメタル(今回はタングステン)について歴史、産業、経済、そして地政学的な側面から深掘りしたいと思う。


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