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2026.02.17

レアメタル千夜一夜 第117夜 「チタン王バグダッドと山師――ウスチカメノゴルスクに賭けた23年(Part2)」

第五章 「軍用ヘリ三機、草原へ飛ぶ」――ザイサン湖の白いユルタでの大宴会


 バグダッドが国家保証をわずか1カ月で勝ち取ったという知らせは、私の胸を震わせた。ソ連崩壊の混乱期において、政府の行政機能すら定まらぬ状況で、首相直筆の保証書を得ることがいかに難しいかは、想像を絶する。私は急ぎカザフスタンへ会社幹部と共に飛び、バグダッドと膝詰めで融資の実行を確認した。すると彼は頷き、静かに言った。


 「お前に見せたい景色がある。」
 そして翌日、私たちは軍用ヘリに乗り込んだ。いや、正確には三機のヘリで政府要人らと共に草原へ向かったのである。誰が考えても“異常な演出”だが、バグダッドにはそんな意図など微塵も感じられなかった。ただの事実。必要だからやる。それが彼の流儀であった。ヘリがザイサン湖の湖岸に降り立つと、まばゆいばかりの白いユルタが並んでいた。青空と乾いた草原の上に、白い円形の住居がいくつも浮かび上がり、それはまるで砂漠に咲く花のように美しかった。風が冷たく、空気が澄み切っていた。


 宴会は想像を超えていた。馬頭琴が奏でられ、羊料理が振る舞われ、ウォッカが尽きることなく注がれた。しかし、その中心で最も静かに座っていたのはバグダッドである。彼は終始ふてぶてしいほど堂々とし、乾杯の音頭すら取らない。彼にとってこの宴は、感謝を伝える場ではなく、「工場を守り抜く決意の儀式」だったのだ。周囲がどれだけ盛り上がろうと、彼は語らない。ただ時折私を見る。その目に込められた重さこそが、最大の礼であった。


 後に経理担当者から伝えられた真相――。融資金の多くが、滞っていた従業員給与と対ロシア債務の穴埋めに使われた。私は胸が締めつけられた。バグダッドは一度も頭を下げず、何も説明しなかった。しかし彼は工場の全員を救ったのである。沈黙の男は、沈黙のまま英雄であった。


第六章 「1日遅れればアメリカに奪われた」――7000トン契約の孤独な決断


 時代は動き始めていた。日本のチタン需要は急増し、航空機産業が追い風となって市況は一気に高騰した。国内の需要家は供給不足に頭を抱え、世界的な争奪戦が始まっていた。米国の主要メーカーは大量購入へと舵を切り、次の供給先を虎視眈々と狙っていた。そんな中、私はTMKを訪れていた。そしてバグダッドは開口一番、こう言った。


 「7000トン、すべてお前に出す。」
 耳を疑った。当時の日本の年間需要量は2万トン強。その三分の一をたった一工場から引き受けるなど前代未聞である。だが、その契約には“明日の朝までにサイン”という条件があった。理由は明白である。1日遅れれば、全量がアメリカに流れる。私はホテルに戻り、深夜の部屋で一人、天井を見上げた。日本側と連絡する手段はゼロ。衛星電話も通じず、FAXも使えない。すべてを自分の判断で決めるしかなかった。


 ―― 70億円相当。
 ―― 日本の市況を救うかもしれない。
 ―― バグダッドは、私を信じて全量を託している。


 翌日朝、私は迷いなく契約書にサインした。その瞬間、バグダッドの顔が柔らかく揺れた。あれほど無表情の男の口元が、わずかに上がっていた。目と目が合った瞬間、言葉を超えた理解があった。


 「これで日本は救われる。」
 そう私に告げるような、静かな笑みであった。結果として、この7000トンは日本のチタン市況を冷却し、産業界に恵みの雨をもたらした。そして、この一発契約によって、私は業界で“レアメタル王”と呼ばれるようになる。だが、真の功労者はバグダッドである。彼の信頼がなければ、この決断は不可能だった。


第七章 「チタン王の背中を追って」――ウルバ工場、ODA、鉄道ルート、そして国家産業戦略へ


 バグダッドとの関係はチタンだけにとどまらなかった。旧ソ連時代の軍需拠点であったもう一つの重要工場――ウルバ冶金コンビナート。ここではタンタルとニオブの生産が行われ、日本の電子産業が渇望する戦略金属であった。私はウルバ工場とも協力し、タンタル・ニオブ事業を成功に導いた。この経験は、後に日本のODAプロジェクトとして「非鉄金属研究所」設立へと発展する。カザフスタンに新たな資源研究拠点を作る国家的事業であった。


 さらに、中央アジアからユーラシア大陸を横断してトルコを経由してヨーロッパへの新しい輸送路――カザフスタン鉄道ルートの開発にも携わった。これはカザフスタンの資源戦略に新たな選択肢を与え、後に極めて重要な役割を果たす。なぜここまで大規模な国家プロジェクトが実現したのか。その理由はただ一つ。バグダッドが産業大臣に就任したからである。


 沈黙の技術者から国家指導者へ――。彼の人生そのものが、工業国家カザフスタンの歩みと重なっていた。そして、その背後には常に“工場を守る”という揺るぎなき信念があった。


第八章 「沈黙の友の、最後の背中」――私の人生を変えた男へ


 23年間、私は彼と共に歩んだ。言葉を交わした時間は少ない。だが、沈黙の中で最も深い信頼が育まれた。ウォッカを酌み交わした夜、草原で風を受けた昼、工場の轟音の中で交わした視線――。どれも私にとって忘れられない瞬間である。バグダッドは、約束したことは必ず守り、安請け合いは絶対にせず、誇りを胸に、沈黙のまま責任を果たす男であった。彼と出会わなければ、私は“レアメタル王”と呼ばれることはなかった。多くの国家プロジェクトも、ODAも、鉄道ルートも実現しなかっただろう。


 ウスチカメノゴルスクの風は、いつも冷たい。だが、私の胸に吹くその風は、どこか温かい。それはきっと、バグダッドの記憶が運んでくるものなのだ。沈黙のチタン王――Bagdad Mukhametovich Shayakhmetov。彼は、私の人生を変えた。


 その後、彼はがんを患い、長い闘病の末に静かにこの世を去った。享年67歳であった。カザフスタン共和国のウスチカメノゴルスク(現在のウスカメン)のTMKにおいて48年間を工場に捧げ、世界最高品質のスポンジチタンを作り上げ、崩壊後の旧ソ連工場を世界水準の最前線にまで引き上げた男の最期であった。


 訃報を受けた私はすぐにカザフスタンへ向かった。晩秋の空は低く、草原には薄い霧が漂っていた。病院の一室に入ると、バグダッドは白いシーツに身を沈め、まるで長い戦いを終えた戦士のように静かに横たわっていた。かつて工場の轟音の中で揺らぐことのなかった精悍な顔つきは、穏やかで、どこか安堵の影さえ宿していた。


 私はそっと枕元に腰を下ろした。バグダッドはゆっくりと目を開き、私を見た。あの草原の宴以来変わらぬ、沈黙の信頼を宿したまなざしであった。


 「……工場は、頼む。」
 それが彼の最期の言葉であった。長い友誼が凝縮された、短く、しかし重い一言であった。その日の夕刻、彼の呼吸はゆるやかに細り、夕日に染まる草原が赤くかすむ頃、静かに、まるで眠るように息を引き取った。看護師が時刻を告げる声を聞きながら、私は窓の外に広がる山並みを見つめていた。薄紫の雲がゆっくりと漂い、それがまるで彼の魂が空へ昇っていく姿に思えてならなかった。


 葬儀の日、草原を抜ける風は不思議と温かかった。ユルタの白い布がはためく音に耳を澄ませながら、私は彼が守り抜いた工場と、この地に刻まれた彼の歴史を静かに思った。もしバグダッドが今も隣にいたなら、何を言うだろうか。いや、きっと何も言わない。ただあの静かな眼差しで――。「お前はお前の道を進め」そう告げてくれるに違いない。そして今も私は思う。バグダッドは草原の向こうで、黙ってチタン炉の炎を見つめ続けている、と。沈黙の王は、どこにも行ってはいない。


 私の胸の中で、今もなおチタンの光を放ち続けているのである。バグダッドとは足掛け23年間の付き合いだった。バグダッドはカザフスタン共和国のウスチカメノゴルスク(現在はウスカメン)のTMK(チタン マグネシウム コンビナート)のリーダーとしての48年間を工場に捧げた。彼は、世界最高のスポンジチタンの品質を達成させて旧ソ連崩壊後のチタン工場(TMK)を世界有数の最新工場に改造して全世界に名を残したのである。そして今も、あの草原の向こうで、黙ってチタン炉の炎を見つめている気がしてならない。

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