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2026.01.29

レアメタル千夜一夜 第116夜 「チタン王バグダッドと山師――ウスチカメノゴルスクに賭けた23年(Part1)」

◆第一章
「KGB崩れを雇った日本人」――封印された軍需都市への潜入


 1990年の冬、私は人生で最も奇妙で危険な旅路に出ていた。目的地は、旧ソ連の奥深くに隠された“秘密軍需都市”ウスチカメノゴルスク。地図にも載らず、外国人の立ち入りは禁止され、鉄とコンクリートの巨大な影が国家の機密を覆い隠していた。そこに、世界最大級のチタン工場――TMK(チタン・マグネシウム・コンビナート)が存在していたのである。


 私はKGB上がりの男を案内役に使い、国境監視所をすり抜けるようにしてこの街へ潜入した。冷戦末期の空気はまだ重く、兵士たちの鋭い視線が冬の空気を切り裂いていた。銃口の先を意識しながら通過する checkpoint は、今でも背中に冷汗の記憶を残している。


 ウスチカメノゴルスクの中心に入った時、私は息を呑んだ。白く凍りついた大地の向こうに、巨大な煙突群が屹立し、その足元に広がる発電所と化学プラント、そして軍需工場の独特の緊張感。工場の外壁には高圧電線が張り巡らせてあった。都市全体が「戦略資源の城塞」であった。民間人の気配は薄く、街が軍の装置として存在しているような印象すら受けた。


 目的のTMK工場に近づいた瞬間、私は確信した。「これは世界最大のチタン工場だ」と。(注1)


 工場の外壁は異様な厚さを持ち、警備の目は鋭く、巨大なチタン炉が外部から見えぬように隠されていた。しかし、金属の匂いと熱気が遠くからでも漂ってくる。軍需用チタンの供給基地として、ここが旧ソ連の心臓部であったことは疑いようがなかった。だが、ここではまだバグダッドとの出会いは訪れない。この時点で、彼の存在は“幻の工場長”として噂だけが響いていた。


◆第二章 
「沈黙の男が差し出した白紙の未来」――チタン王バグダッドとの邂逅


 その後、数度の訪問を重ね、私はついに東カザフ州オマロフ知事の仲介を得た。知事は私の熱意を認め、こう言った。「お前には会わせる価値がある。バグダッドは工科大学時代の同期だ。」こうして、運命の日が訪れた。工場奥の応接室。薄い灯りが差し込む中、無言で立ち上がった目つきの鋭い男――それがBagdad Mukhametovich Shayakhmetov、後に“チタン王”と呼ばれる男であった。


 第一印象は静かな獣のような気配である。
 眼光は鋭いが寡黙で言葉はない。
 沈黙こそが彼の支配力であった。


 ――その瞬間、彼は契約書をスッと差し出した。
 何の説明もなく、何の交渉もなく、ただこちらを見据えたまま。
 私は驚き、同時に理解した。
 これは“試し”であった。


 契約書の内容は明瞭だった。価格は一切譲らない。数量・規格はバグダッドの提示どおり。条件変更は不可。まさにソ連式の一方通行交渉であり、言い換えれば“YESかNOか”の二択であった。私が黙って読み終えると、バグダッドは初めて口を開いた。


「嫌なら止めろ。」


私は迷いなくサインした。その瞬間、彼の目が僅かに笑ったように見えた。こうして、沈黙の王との奇妙な同盟は始まったのである。


◆第三章 
「国家崩壊の渦中で工場を守れ」――ハイパーインフレと飢餓の街


 1991年、ソ連邦は音を立てて崩壊した。カザフスタンは独立したが、国の屋台骨は揺らぎ、通貨は紙切れとなり、1000%を超えるハイパーインフレが市民生活を襲った。貨幣経済は機能せず、闇市で物々交換を強いられ、ダーチャでは家庭菜園が人々を支えた。当時の旧ソ連とでは国民に家庭菜園用の別荘地を与えていた。ウスチカメノゴルスクも例外ではなかった。


 この時期、TMKは存亡の危機に立たされていた。ウクライナからの良質なチタン鉱石(イルメナイト)の供給がストップし、作業員の給与遅配は数カ月に及んだ。工場はまさに止まる寸前であった。そんな時、バグダッドが静かに切り出した。「原料確保のために800万ドル必要だ。320万ドル不足している。融資してほしい。」その声には焦りはなかった。だが、目は全てを語っていた。“今、工場を救わねば終わる”という覚悟が宿っていたのである。


 私は日本の需要家に可能性を探ったが、建国後わずか一年のカザフスタンへ投融資する企業など存在しなかった。そこで、本社の投融資委員会に諮ったところ、役員全員が反対した。無理もない意見であった。しかし――当時のN社長が、たった一言で流れを変えた。「国家保証が取れるなら承認しよう。」普通なら絶望的条件である。国家財政が崩壊している国に保証など取れるはずがない。ところが、バグダッドは不可能を可能にした。彼はナザルバエフ大統領に直接の交渉をしたのだ。


◆第四章 
「奇跡の1カ月―カザフ建国史に残る“国家保証”」


 私はバグダッドのもとへ急行し、国家保証が必須であることを告げた。彼は黙って頷いたのみで、一切反論しなかった。そして、わずか1カ月後。彼は私の前に静かに書類を置いた。


 カザフスタン共和国 首相直筆の国家保証書
 ――それは、建国史上“最初で最後”の国家保証であった。


 私は震えた。どれほどの政治交渉が背後にあったのか想像もできない。だが、沈黙の男は何も語らなかった。融資は実行され、TMKは操業を維持した。後に工場の経理担当から聞いたところ、この資金は従業員の給与補填や対ロシア債務の返済にも充てられたという。原料鉱石であるウクライナからのイルメナイトがどのようにして供給されたのかは分からなかった。


 だが、追加融資の話などバグダッドは一度も頭を下げなかった。それが彼の誇りであり、技術者魂であった。正に「男に二言はない」との矜持を貫いた。こうして、私とバグダッドの信頼関係は“同盟”へと昇華していった。ウスチカメノゴルスクの赤い土に、二人の誓いが刻まれた瞬間である。


(注1 )TMKのスポンジチタンの製造法はクロール法で、まずイルメナイト(酸化チタン鉱石)に炭素と塩素を反応させ、液体の四塩化チタンとする。これを蒸留し高純度化した後、密閉容器内で溶融マグネシウムと反応(還元)させると、金属チタンがスポンジ状の塊として生成する。最後に、隙間に残存する余剰マグネシウムや塩化マグネシウムを真空加熱により蒸発させて除去し、純粋なスポンジチタンを得るのである。西側陣営の生産量が240万トンに対してTMKの生産能力は360万トンであった。


*(Part2)へ続く

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