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2025.12.11

レアメタル千夜一夜 第103夜 世界を股にかける「アルケミスト」の出張術(Part2)―旅の効用と、人生を豊かにする「動く思索」―

 僕の生き様は「旅と読書と好奇心」だった。本稿では、旅の「外」と「内」の効用、創造性の源泉としての旅、そして出張を人生修行に変える哲学を書いてみたい。


序章 旅は“移動する思索”である


 ビジネスの現場を駆け抜けるうちに、僕は一つの真理に気づいた。
――「旅とは、移動しながら思考する哲学である」ことを。


 人は机上では限界まで思考を深められない。未知の街角、異国の食堂、空港の喧騒の中で、ふとした瞬間にひらめく“気づき”こそが、旅の真髄である。私はレアメタルの交渉を通じて、同時に「人間という鉱脈」を掘ってきた。その採掘現場こそ、世界116ヵ国の道中であった。


第一章 旅が与える五つの効用


1. リフレッシュ ― ルーチンからの脱出


 日常のルーチンは便利だが、創造を殺す。旅に出ることで、時間の流れが変わり、心の時計がリセットされる。特に飛行機の中では、誰からも連絡が来ない。この“遮断された空間”こそ、私の思索の実験室であった。


 新しい構想の多くは、上空一万メートルで生まれている。山岳密教が高度の高い環境に於いて悟りに近づいたように僕の場合には上空一万メートルの機内で新たな発想が思い浮かんだ。


2. 異文化との接触 ― 感性の再起動


 文化の違いは摩擦を生むが、その摩擦熱が創造力を生む。食事の作法、交渉のリズム、言葉の裏の沈黙──そうした違いに直面するたび、自分の価値観が再構築される。旅とは、他者を通して己を研ぐ鍛冶場である。


3. 人との出会い ― 人脈という“地殻エネルギー”


 資源ビジネスは、人間ビジネスでもある。道端の露天商との立ち話が後に大商談に発展したこともある。人の縁は掘り起こすものではなく、偶然の鉱脈として出現する。それを逃さぬためには、常に「開いた心」で旅をすることだ。


4. 創造力の覚醒 ― 五感の再教育


 長旅の疲労は、逆説的に創造力を目覚めさせる。時差、香り、音、気温──。全ての感覚が普段とは異なる環境に置かれると、脳が“再学習”を始める。私は旅先の市場や喫茶店でノートを広げ、アイデアをスケッチするのが習慣であった。創造とは、移動によって起こる内なる化学反応である。


5. 健康の促進 ― 歩くことの哲学


 歩くことは最古の瞑想である。出張中も私は可能な限りタクシーを使わず歩いた。足で街を感じることで、心臓がリズムを取り戻す。頭で考えすぎた時こそ、身体を動かすことで答えが見えてくるのだ。


第二章 食の旅 ― 味覚で文化を読む


 レアメタルの交渉でも、食卓を共にすることは最重要の儀式であった。相手の国の料理を敬意をもって味わうことが、信頼への第一歩である。中国の火鍋、ロシアのボルシチ、ブラジルのフェイジョアーダ、モンゴルのホルホグ──。これらは単なる料理ではなく、その国の生き方そのものである。旅の達人は、食べることを学ぶ。味覚は外交であり、食卓は最古の交渉テーブルなのだ。


意外なヒント:胃袋を掴めば心も掴める


 交渉が難航した時ほど、僕は「同じ皿を分ける」ことを提案した。共に汗をかき、辛さを共有すれば、言葉の壁を越えることができる。この“共食の心理”は、どんなビジネス書にも書かれていないが、最強の交渉術である。


第三章 デジタルデトックス ― 情報の洪水からの避難


 現代の出張者にとって最大の敵は、“情報疲労”である。メール、SNS、メッセンジャー──常に誰かとつながっている状態は、思考の酸欠を招く。だからこそ、僕は意図的に“通信を絶つ時間”を設けていた。電波の届かない場所で自然と対話する。モンゴルの草原やアマゾンの奥地では、スマートフォンの電源を切り、ただ空の色を眺め、風の音を聴いた。その静寂の中に、最も深い洞察が宿る。情報を集める旅から、情報を捨てる旅へ――。それが、現代のアルケミストに求められる進化である。


第四章 出張を“自己研鑽”に変える法


1. 日記を書く ― 思考のログを残す


 必ず旅先でノートを開き、その日の気づきを一行でも書き留める。「今日、何を見て、何を感じ、何を得たか」。この習慣が、後の執筆活動の源泉となった。旅の記録は単なるメモではなく、自己対話の記録である。


2. 目的を一つに絞る


 旅の成功は、目的の明確さに比例する。「誰に会い、何を伝え、どんな成果を持ち帰るか」。これを出発前に一枚の紙に書き出すことで、出張は研修へと変わる。旅を“修行化”する者だけが、プロフェッショナルとして成長できる。


3. 孤独を味方にする


 「一人旅とは孤独との戦い」でもある。しかし、孤独こそ思索の同志である。一人で「孤独のグルメ」を取る夜、ホテルの窓から見える街の灯りに、自分の生き方を投影する。その静かな時間が、最も深い自己研鑽となる。


第五章 旅は人生の鏡である


 旅の終わりは、いつも自分への帰還である。どれほど遠くへ行っても、人は結局「自分」を連れて行く。だからこそ、旅の質は自分の心の状態に左右される。疲れた心で旅すれば、どんな美しい景色も灰色に見える。好奇心に満ちた心で旅すれば、空港のカフェさえも輝いて見える。旅とは、外界を変えることではなく、内面を照らす行為である。


終章 “動く思索”としての人生


 僕は、世界中を飛び回るうちに悟った旅の本質とは、「動くことによって考える」ことである。止まれば鈍り、歩めば冴える。これは商社マンとしてだけでなく、人間としての真理でもある。旅は、成功を運ぶ道具ではない。それは、人生そのものを磨くための鏡である。世界を股にかけた旅の果てに、僕は思う。本当の目的地は、地図の上にはない。それは、旅を終えた時に見える――。「新しい自分」という未知の領域なのである。

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