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2025.10.09

レアメタル千夜一夜 第84夜 ニカラグアとエルサルバドル ――小国分割の中米史を旅する

 コスタリカでの一泊を終え、私はさらに北上してニカラグア、そしてエルサルバドルを訪れた。宿は相変わらず木賃宿である。天井の扇風機がガタガタ音を立てる中、汗をかきながら寝返りを打った記憶が蘇る。中米の国々はどこも似ているようで、実に異なる顔を持つ。レアメタルの産業を探したが、この二国では鉱物資源の話題は乏しく、むしろ自然と歴史こそが旅人を惹きつける宝であった。


ニカラグアの顔


 ニカラグアは熱帯気候に属し、雨季と乾季がはっきりしている。国土の大半は火山帯に覆われ、巨大な湖――ニカラグア湖とマナグア湖――が悠然と横たわる。まるで大地が二つの水瓶を抱えているような風景である。火山灰に肥沃な土壌が育まれ、コーヒー栽培が主要な産業として定着したのも納得である。バナナ、サトウキビ、タバコもまた輸出品として知られるが、国民にとっては自給的農業の方が現実的な生活の糧である。


 ただし、ニカラグアの歴史は決して穏やかではなかった。19世紀にはアメリカ人の冒険家ウィリアム・ウォーカーが「傭兵大統領」として一時的に政権を握るという珍事件が起きた。その後も米国とソ連の冷戦構造に翻弄され、サンディニスタ政権やコントラ戦争といった内戦が続いた。資源国ではないがゆえに、地政学的に大国の干渉を受けやすかったのである。


エルサルバドルの顔


 次に訪れたエルサルバドルは、ニカラグア以上に小さな国土でありながら人口密度が高い。かつて「火山の国」と呼ばれたほど多くの火山を抱えている。農地は限られているが、その分コーヒーの品質は高く、19世紀末には「エルサルバドルの黒い黄金」として世界市場に出回った。天産品としてはコーヒーとサトウキビ、さらに近年は繊維製品やサービス業が経済の柱になっている。


 しかし、この国の記憶から消せないのは内戦の傷跡である。1980年代、12年に及ぶ内戦で7万人以上の命が奪われた。和平合意後は民主主義体制に移行したものの、現在は治安の悪さが国民生活を大きく脅かしている。ギャング組織マラスの存在は、旅行者にとっても生々しい現実である。とはいえ、民族舞踊や祭り、色鮮やかな工芸品に触れると、この国の文化の豊かさを再認識することができる。


天産品と文化


 ニカラグアもエルサルバドルも、金や銀といった鉱物は歴史的に存在したが、大規模なレアメタル資源は乏しい。その代わりに天産品は豊かである。ニカラグアではタバコの葉巻が世界的に評価され、キューバ葉巻に次ぐ存在感を示している。エルサルバドルは織物や陶器、木彫りの工芸が人々の生活に根ざしている。小国ゆえの多様性が、むしろ独特の文化を育んだといえる。


何故、中米は小国に分かれたのか?


 さて、旅人として一番気になるのは「なぜ中米はこんなにも小国に分割されてしまったのか」という点である。実はこの謎を解くには、スペイン植民地時代にさかのぼらねばならない。16世紀、大航海時代にスペインが中米を征服すると、この地域は「グアテマラ総督領」としてまとめられた。現在のグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカを含む大きな行政区であった。


 しかし、独立の機運が高まった19世紀初頭、この地域は一度「中央アメリカ連邦共和国」として統一を試みた。1823年のことである。国旗は青と白の横縞で、中央に火山群を描いたものであり、現在の中米諸国の国旗にもその意匠が残っている。つまり、かつては「中米は一つ」であったのだ。ところが、理想は長く続かなかった。理由は複雑である。まず地形の問題。中米は険しい山脈と火山地帯に分断され、交通も難しく、各地が孤立していた。さらに経済基盤も異なり、グアテマラは鉱業や高地農業、ニカラグアは湖と交易、エルサルバドルはコーヒー農園という具合に、それぞれの利害が食い違った。


 加えて、スペイン統治時代から続く地方エリートの対立も激しかった。保守派と自由主義派が政権を奪い合い、武力衝突に発展することもしばしばあった。そして外からはイギリスやアメリカといった列強が介入し、分裂は加速していった。結局、1838年に中央アメリカ連邦は崩壊し、各国が独立して現在の国境線が引かれた。つまり「小国が分かれた」のではなく、「大国としてまとまれなかった」という方が正確であろう。


小国分割の意味


 中米が小国に分割されたことは、一見すると弱さの象徴のように見える。しかし、裏を返せばそれぞれの国が固有の文化と歴史を守ることにつながった。もし中央アメリカが一つの大国として存続していたら、現在のような多彩な民俗文化や料理、音楽は生まれなかったかもしれない。旅人として木賃宿に泊まり、屋台でトルティーヤや豆料理を頬張ると、国境線の存在を改めて実感する。人々の顔つき、話すスペイン語の訛り、祭りの音楽――どれも似ているようで違う。まさに「小国分割の妙味」である。


結びに


 レアメタルの影は薄いものの、ニカラグアとエルサルバドルは天産品と歴史の宝庫であった。コーヒーの香りと火山の風景、そして小国分割の歴史的ドラマ。それらが交錯して、中米の旅は単なる観光以上の奥行きを与えてくれるのである。


 次なる舞台はホンジュラスか、あるいはメキシコか。小国の連なりを越えて、大国の扉が見えてくる。中米の小国たちは、まるで色とりどりの宝石のように輝きながら旅人を迎えてくれるのだ。

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