お知らせ
2025.09.30
はじめに
私の過去の放浪時代では、コロンビアとエクアドルのレアメタル資源について触れた。その訪問から20年が経過した1990年代、商社マンとして日本のバブル景気の波に乗り再びコロンビアの地を踏んだ。その時、資源に飢えた日本は、手を伸ばす先が全て、奇妙なサスペンスを感じさせた。
日本はレアメタルに限らず、あらゆる資源を求めて地球を徘徊していた。鉄鉱石、原油、さらには化学原料に至るまで、世界の隅々から輸入ルートを確保するための熾烈な競争が繰り広げられていた。私はレアメタル貿易を中核に据えつつも、旭化成向けのレーヤン原料であるコットンリンターとモラセスの輸入交渉に潜り込むことになった。南米のレアメタル開発は付随的なものとして扱われていたが、この交渉は私にとって忘れがたい苦い教訓をもたらした。
コロンビア交渉の現実
南米のビジネスは単純ではないと、決して多くの言葉を必要としない事実であった。コロンビアは特にその傾向が顕著で、輸出企業は契約条件を平然と変更していた。日本式の常識、「契約は契約」が通じない土地で、こちらが信頼した瞬間にその隙を突かれ、新たな条件が突きつけられる。その秘奥は、個人主義者が支配する土地の文化に根ざしている。
私の分析によれば、日本は聖徳太子の言葉に象徴されるように、「和をもって尊しとなす」という理念の下で、集団の調和を優先する文化を築いている。家族への絆は強いが、外部に対しては自己防衛的な個人主義が渦巻く。コロンビアでは、国家への信頼は長年の内戦や腐敗によって損なわれている。結果として、日本は「和」による秩序を築き、コロンビアは「個の力」で生き抜く文化を完成させたといえる。
交渉をようやくまとめたと思った矢先、ニューヨークに戻ると、現地から「市況が変わったから再度交渉が必要だ」との知らせが舞い込んだ。コットンリンターのビジネスでは、カルデナスというユダヤ系コロンビア人を信じてしまったが、それが命取りとなった。結局、こちらは旭化成との約束を背負っていたため、撤退はできない状況に追い込まれ、交渉力の差を痛感し、最終的には高値で妥協せざるを得なかった。
この経験を通じて、コロンビア人の交渉術に私は驚嘆する。彼らは単なる商売人ではなく、国の治安や政治が不安定な中で生き抜く歴史が、したたかな交渉文化を培ったのだ。後にトランプ関税の交渉において、経済再生相がサインなしで関税を飲まされたとの話を耳にした時、私は真っ先にこの痛切な経験を思い出した。商談は法や契約の枠を超えて進行することが少なくない。
資源ビジネスの構造的課題
コロンビアとエクアドルの資源取引の厳しさは、単なる交渉術だけの問題ではない。そこには根深い構造的課題が存在する。
1. 政治的不安定: 内戦や麻薬カルテルの影響で、政府の鉱業政策は変動を繰り返す。政権交代の度に鉱区権益の再交渉が求められ、投資環境は脆弱だ。
2. 社会的対立: 先住民や地域共同体の反対運動は根強く、エクアドルのSan Carlos-Panantza鉱山の中断例はその象徴である。
3. 外資依存: 中国企業が資本を握るケースが多く、南米諸国は自国の資源を十分に制御できないのが現実だ。
4. 違法採掘と治安: コロンビアでは金やエメラルドに対する違法採掘が横行し、麻薬資金の洗浄にも利用されている。レアメタル分野においても同様のリスクが懸念される。
学術的視点からの分析
最近の研究(MDPI, 2023)によると、コロンビアの戦略鉱物ポテンシャルは極めて大きい。国内陸地の約27.3%が探査対象地域とされている。特にコバルトとニッケルはエネルギー転換時代に不可欠な金属であり、商業開発が進めば「南米のカナダ」とも称される地位を得る可能性がある。
一方、エクアドルはすでにMirador鉱山を通じて銅の輸出国としてデビューを果たした。しかし、環境問題と先住民対立が解決されなければ、持続的な成長は望めない。鉱業収入の一部を地域へ還元する「ローカル・ベネフィット」政策の強化が今後の課題となる。
世界の脱炭素と電動化の流れの中で、南米のレアメタルは引き続き注目を集める。しかし、供給リスク、環境リスク、社会的リスクが一体となってついて回るため、単純に「資源の宝庫」とは言い切れない。
おわりに
78夜で語った放浪時代の体験が「南米を知る入口」であったとすれば、79夜は「南米と取引する現実」となる。コロンビアのしたたかな交渉人たちに翻弄された経験は、私の胸に深く刻まれた。
資源ビジネスは、地下の鉱物を掘り起こすこと以上に、人間の心と社会の矛盾を掘り当てる営みにほかならない。日本のバブル期に南米の資源を追い求めた旅は、結局のところ契約や数字を超えた「人間の生存戦略」との対峙でもあった。
コロンビアとエクアドルの未来は、単なる鉱石の埋蔵量ではなく、政治の安定、社会の合意形成、そして外資との対等な関係構築に依存している。南米の山々に眠る資源は、世界の未来を照らす光ともなれば、新たな争いの火種ともなり得る。私はその岐路を幾度も目撃してきたし、今もその行く末を見届けたいと願う。