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2025.08.19

レアメタル千夜一夜 第66夜 ガラパゴスの檻を破れ – 失われた資源戦略からの教訓

技術流出という名の「血液」喪失


 日本のハイテク産業は、過去の栄光を謳歌する間に、静かに、そして確実にその活力を失ってきた。円高という「高熱」にうなされ、多くの製造業が海外へと工場を移転した。短期的なコスト削減という「鎮痛剤」を求めた結果、私たちには見えない、しかし致命的な代償を支払うことになった。それは、技術流出という名の「血液」の喪失である。かつて、日本の製造業は、世界に誇る独自の技術とノウハウの塊であった。しかし、工場の海外移転は、そのノウハウを海外にばら撒く結果を招いた。これは、自らの血管から貴重な血液を抜き取って、他者に輸血するようなものだ。当初は目に見えない変化でも、やがてその影響は全身に及ぶ。国内の技術基盤は痩せ細り、次の世代を担う技術者は育たなくなり、日本の技術力は次第に衰弱していった。


 私は若い頃、アメリカをはじめ世界中を旅した。その中で、日本の技術が、いかに世界に尊敬されていたかを肌で感じた。しかし、同時に、その技術が、いかに簡単に模倣され、追いつかれ、追い越されていくかという現実も目の当たりにした。アメリカのスタートアップの熱気、ヨーロッパの伝統的な職人技、そしてアジアの新しい世代の貪欲な学びの姿勢は、日本にはない独特のエネルギーに満ちていた。


ガラパゴス化した「同質性」という名の足枷


 日本の産業競争力の低下は、客観的なデータが雄弁に物語っている。製造業の付加価値額シェアは、1990年代初頭の約25%から、2020年代には約10%にまで激減した。半導体製造装置のシェアも、かつての50%から30%にまで落ち込んだ。これは、世界という名の大海原を航海する船が、いつの間にか、独自の進化を遂げた孤島、つまり「ガラパゴス」に漂着してしまったようなものだ。私は海外を旅する中で、日本の「同質性」というものが、いかに独創性を阻害しているかを痛感した。単一民族で、日本語という単一の言語でしか物事を考えない。これは、思考の幅を狭め、異なる視点や発想を受け入れることを難しくする。同調圧力は、「出る杭は打たれる」という格言に象徴されるように、新しい発想をする人材を潰してしまうケースが多い。


未来を閉ざす「リスク回避」という名の惰性


 1990年代以降、日本の教育や研究への投資は停滞した。特に、目に見える成果が出にくい基礎研究への投資不足は、未来を担う若い研究者の育成を妨げた。これは、まるで、明日飢えないために、今日の種を食べてしまうようなものだ。目先の利益に囚われ、未来への投資を怠った結果、私たちは「忘れられた30年」という長い冬の時代を迎えることになった。政治的にも、経済的にも、日本は「変革」を恐れた。リスクを恐れて真の変革に挑戦しない姿勢は、新しい挑戦を求める若い世代の情熱を冷まし、海外へと目を向けさせる結果を招いた。新しい発想を持つ人材が生まれても、それを育てる土壌がなければ、やがて枯れてしまう。


資源戦略の失敗と中国の「サプライチェーンの罠」


 過去、日本は資源開発に積極的に取り組んだが、90年代以降、その努力を怠り、他国への依存体質が進行した。その結果、レアアース供給を中国に支配されるという、深刻なリスクを抱えることになった。これは、自らの食糧を他国に委ねてしまい、その供給を断たれる可能性に怯えるようなものだ。この教訓は、資源戦略の重要性を私たちに改めて突きつけている。巨額の投資を、単なる景気刺激策ではなく、国家の戦略に基づく未来への投資として捉え直すことが不可欠だ。


開かれた「扉」としての国際交流


 円高や経済停滞が影響し、日本の若者の海外留学は減少している。これは、世界という広大な海に漕ぎ出すことをやめ、狭い「ガラパゴスの海」に閉じこもることを意味する。国際的な人材育成を促進するためには、巨額投資の一部を、海外留学支援や研究者の招聘に充てることが求められる。 国際的な人材交流は、日本という「ガラパゴス」に、外の海からの新しい「潮流」を呼び込むことだ。多様な視点、新しい発想、そして異なる文化との出会いは、日本の停滞した空気を一変させる力を持っている。


再生への道筋:未来への「種まき」


 日本のハイテク産業の再生は、決して不可能ではない。70年代の世界をリードした栄光は、過去の成功に安住することなく、未来に向けた戦略的な投資を行った結果である。今こそ、私たちは過去の教訓を真摯に受け止め、明確なビジョンと戦略を持って、持続可能な日本の未来を描いていくべきだ。巨額投資を、単なる「バラマキ」ではなく、未来の収穫を約束する「種まき」として捉え直すこと。それが、再び「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を目指すための唯一の道である。ガラパゴスの檻を破り、世界という大海原へと再び漕ぎ出す時が来ている。

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