お知らせ
2025.06.26
ガリウムは、周期表の第13族に位置する特異な元素である。その特性から、現代のハイテク産業において不可欠な存在として認識されているが、その資源としての特性は極めて独特であり、他の多くの金属とは一線を画している。
Part❷「掌で溶ける」不思議な金属、ガリウムの素顔
ガリウム(Gallium, Ga)は、原子番号31、比較的柔らかい銀白色の金属である。その最も特徴的な物理的性質は、驚くほど低い融点にある。ガリウムの融点は約$29.76^\circ\text{C}$であり、これは人間の体温に近い温度であるため、手のひらに乗せると体温で溶け始めるというユニークな現象を示す。この特性は、熱を効率的に伝える液体金属冷却材や、非常に低い温度で機能する半導体デバイスの接合材料としての応用可能性を示唆している。
さらに興味深いのは、液体のガリウムがガラスや他の多くの金属表面を濡らす性質を持つことである。これは、接触角が非常に小さいために起こる現象であり、これにより微細な隙間にも容易に浸透する。しかし、この「濡れ性」は一方で「ガリウム汚染」という問題を引き起こすことがある。例えば、アルミニウム製の航空機部品や構造物にガリウムが付着すると、アルミニウムとの合金化反応が促進され、結晶粒界に沿って脆化を引き起こし、最終的には構造破壊に至るリスクがある。そのため、ガリウムを取り扱う際には、他の金属との接触に細心の注意が払われる。毒性に関しては、ガリウムは一般的に低毒性とされており、生体への影響は少ないと考えられているが、それでも取り扱いには適切な予防措置が必要である。
アルミニウムの「影」に隠れた戦略的資源
ガリウムは天然に単独で存在する鉱石としてはほとんど採掘されない。その資源特性は、主にアルミニウム精錬の過程における副産物として得られるという点にある。具体的には、ボーキサイト(アルミニウムの主要原料)からアルミナ(酸化アルミニウム)を生成する「バイヤー法」において、ガリウムはアルカリ溶液中に微量ながら溶け出す。その後、多段階にわたる複雑な化学処理、例えば電気分解や溶媒抽出などを経て、純粋なガリウムが分離・回収されるのである。この生産プロセスの特性上、ガリウムの生産量はアルミニウム生産量と密接に連動しており、世界の主要なアルミニウム生産国が、そのままガリウムの主要な供給源となっている。
世界のガリウム資源量に関する正確な統計は限られているが、米国地質調査所(USGS)や日本の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)などのデータによれば、ガリウムは地殻中に広く存在するものの、経済的に回収可能な濃度の鉱床は稀であるとされている。そして、その生産は特定の国に著しく偏在しているのが現状である。世界のガリウム供給において、中国は圧倒的な存在感を示しており、世界のガリウム供給の大部分を占めている。中国の巨大なアルミニウム産業が、ガリウム供給の基盤を形成しているのである。中国以外にも、ロシア、カナダ、オーストラリアなどがガリウムの生産を行っているが、その規模は中国と比較して限定的である。これらの国々は、中国への過度な依存を避けるための代替供給源として、近年その役割が再評価されつつある。
資源ナショナリズムの波、中国の「ガリウムの剣」
近年、ガリウムは地政学的緊張の文脈でその戦略的価値が急速に高まっている。特に、2023年7月1日に中国政府がガリウムとその関連化合物の輸出管理強化を発表したことは、国際市場に大きな衝撃を与えた。この措置は、中国が国家安全保障上の理由や、ハイテク分野における産業保護、さらには技術覇権争いの道具として、レアメタルを戦略的に活用しようとする「資源ナショナリズム」の明確な表れであると解釈されている。
中国の輸出規制は、世界の電子産業のサプライチェーンに深刻な影響を及ぼす可能性を秘めている。ガリウムは、特定の高機能半導体や光学デバイスの製造に不可欠であるため、供給が途絶すれば、スマートフォン、5G通信機器、電気自動車、防衛技術など、広範な産業分野に甚大な影響が及ぶことが懸念される。このような状況に対し、国際社会はガリウムの安定供給を巡るリスクを強く認識し、各国はそれぞれ異なるアプローチで対応を進めている。
米国は、国内でのガリウム生産能力の増強や、革新的なリサイクル技術の研究開発を国家プロジェクトとして推進し、中国への依存度低減を目指している。欧州連合(EU)は、ガリウムを含むクリティカル・マテリアル(重要原材料)の供給リスクを低減するため、「クリティカル・ロー・マテリアル法(CRMA)」を制定し、域内での代替材料開発、リサイクル率の向上、そして倫理的かつ責任ある鉱物調達の推進に注力している。日本もまた、長年にわたり海外の資源開発プロジェクトへの参画を通じて、ガリウムを含むレアメタルの安定供給体制の構築を目指すとともに、国内での研究開発を通じたリサイクル技術の高度化、さらには国家レベルでの戦略的備蓄を進め、万一の供給途絶に備える戦略を採っている。これらの動きは、ガリウムが単なる産業材料に留まらず、国家安全保障と経済競争力の根幹をなす戦略物資として位置づけられていることを示唆している。
ハイテク産業の生命線:ガリウムが駆動する未来
ガリウムは、その優れた電気的・光学的特性から、現代のハイテク産業において多岐にわたる用途に利用されている。中でも、半導体材料としての重要性は極めて高く、ガリウムヒ素(GaAs)や窒化ガリウム(GaN)といった化合物半導体は、特定の電子デバイスにおいてシリコンでは代替できない高性能を実現している。
ガリウムヒ素(GaAs)は、高速な電子移動度を持つため、高周波デバイスに不可欠である。例えば、5G通信の基地局、衛星通信システム、軍事用レーダー、光通信用のレーザーダイオードなどで広く用いられている。また、高い光変換効率から太陽電池(特に宇宙用途の高効率太陽電池)にも利用される。一方、窒化ガリウム(GaN)は、高耐圧・高周波特性に優れ、次世代のパワー半導体として注目されている。電気自動車(EV)のインバーター、データセンターの電源、高速充電器、LED照明などに用いられ、システムの小型化と高効率化に大きく貢献している。さらに、GaNは紫外線LEDや、ブルーライトを生成するレーザーダイオードの主要材料でもあり、照明、ディスプレイ、光記録媒体など、光デバイスの幅広い分野でその役割は拡大している。
ガリウムの代替材料として、インジウムやスズなどが候補として挙げられることもあるが、ガリウムが持つ独自の性能(特に高温環境下での安定性や電子移動度、光効率)を完全に代替することは現状では極めて困難である。そのため、特定の高性能アプリケーションにおいては、ガリウムの供給確保が製品の競争力、ひいては産業全体の存立に関わる重要な課題とされているのである。
循環型社会への挑戦とガリウムの未来像
ガリウムの供給リスクを軽減し、持続可能な利用を確保するためには、リサイクルの推進が不可欠である。使用済みスマートフォン、タブレット、PC、LED照明器具といった電子機器には、微量ながらガリウムが含まれており、これらを「都市鉱山」と捉え、効率的な回収技術の開発と実用化が世界的に進められている。例えば、廃LEDからのガリウム回収や、半導体製造プロセスで発生するスクラップからの再資源化などがその一例である。リサイクル技術の進展は、限られた天然資源の有効利用に貢献するだけでなく、サプライチェーンの強靭化、そして環境負荷の低減にも繋がる。
2025年以降のガリウム市場は、5G通信技術のさらなる普及、電気自動車の生産拡大、そして高効率LED照明の浸透といった電子産業全体の力強い成長に伴い、需要の継続的な拡大が予測される。特に、GaNを用いたパワーエレクトロニクスや高周波デバイスの本格的な普及は、ガリウムの需要を大きく押し上げる主要因となるであろう。価格は、需給バランスの改善やリサイクルの進展により一定の安定を保つと見られるが、中国の輸出政策の変更や国際的な地政学的緊張の激化によっては、価格が大きく変動する可能性も依然として存在する。2026年から2028年にかけては、ガリウムを利用した新しいパワーエレクトロニクスや高効率な光デバイスが本格的に市場に普及し始めることで、さらなる需要増加が見込まれている。これに対し、各国はガリウムの安定供給体制を盤石にするとともに、新技術の開発競争を加速させ、国際市場における自国の競争力を高める戦略を採るであろう。
総じて、ガリウムは現代社会のデジタル化とエネルギー効率化を支える極めて重要な資源である。その供給と需要の動向は、国際的な経済情勢や技術革新の進展に大きく影響される。ガリウムの持続可能な供給を確保するためには、生産国と消費国が国際協調の下、資源の効率的な利用、リサイクルの推進、そして新たな供給源の開拓に協力して取り組むことが強く求められている。