お知らせ
2025.06.24
昔、タングステン取引で湖南省には嫌と言うほど訪問した。アンチモンは劇毒物だが精錬技術は比較的難易度は低く溶解温度が630℃と低融点合金には使い勝手の良い元素だ。湖南省では春になると輸送ルートが水害のためアンチモンは投機対象になった記憶が蘇る。しかし今回の高騰が起こるとはまさか信じられない。
アンチモンPart❷
中国の支配的地位
中国は、アンチモンの世界最大の生産国および埋蔵国である事はPart❶で報告した。世界のアンチモン埋蔵量の50%以上を保有し、生産量では約90%を占めるとされている。これにより、中国はアンチモン市場の需給バランスを左右する中心的な役割を担っている事も既成事実だ。
その優位性を利用して近年、中国政府は国家安全保障上の理由や資源保護の観点から、アンチモンの輸出規制をさらに強化している。この政策は、世界市場におけるアンチモンの供給を制限し、価格の高騰を招く原因となっている。筆者の見立てでは明らかにマニピュレーション(価格操作)であると見ている。また、中国は高付加価値製品への転換を進めており、国内でのアンチモンの需要が増加していることも事実でそれらが輸出規制の背景にある。
その他の主要生産国とは?
中国以外でアンチモンを生産している国には、ボリビア、南アフリカ、ロシア、中央アジア(キルギス、タジク、ウズベクなどがある。2028年に向けて、いくつかの新規鉱山プロジェクトが注目されている。これらのプロジェクトは、アンチモン市場の供給不足を緩和する可能性がある。以下にいくつかの主要なプロジェクトを紹介したい。
米国のプロジェクト
Perpetua Resourcesのプロジェクト
米国アイダホ州に拠点を置くPerpetua Resourcesは、Stibnite Gold Projectを進めている。このプロジェクトは、金とアンチモンの採掘を目的としており、2028年に商業生産を開始することを目指している。Stibniteは、アンチモンの主要な鉱床の一つであり、米国内でのアンチモン供給の安定化に寄与することが期待されているようだ。これにより、米国はアンチモンの輸入依存度を低下させ、自国での供給能力を強化することが可能になる。
オーストラリアのプロジェクト
Australian Mines Limitedのプロジェクト
オーストラリアでは、Australian Mines Limitedがアンチモンを含む多金属鉱床の開発を進めている。オーストラリアは、鉱物資源が豊富な国であり、アンチモンの新たな供給源としての可能性を秘めている。このプロジェクトが成功すれば、オーストラリアは世界のアンチモン市場における影響力を強化することができるだろう。
中南米のプロジェクト
ボリビアのプロジェクト
ボリビアは、アンチモンの埋蔵量が豊富な国の一つであり、新たな鉱山プロジェクトが計画されている。これらのプロジェクトは、ボリビアの経済成長と雇用創出にも寄与する可能性があり、またボリビアは、中国以外のアンチモン供給国としての地位を強化することが期待されている。
その他の地域
中央アジア(キルギスタンやタジキスタンやウズベキスタン)と中東地域
中央アジアや中東地域でも、アンチモンの鉱床開発が進行中である。筆者も20年前から注目しており何度も現地訪問を繰り返した。これらの地域は、地政学的リスクが比較的少ないとされており、今やウクライナ戦争の終結が望まれるが、安定した供給源としての期待が高まっている。日本にとってはODA(政府開発援助)のスキームが利用できる利点もある。
中国の輸出規制の影響
中国がアンチモンの主要な生産国であることから、その輸出規制は世界市場に大きな影響を及ぼしている。特に日本、欧州、米国は、これまで中国からの供給に大きく依存していたため、規制強化によりサプライチェーンの混乱と在庫不足が顕著になっている。欧州市場では、中国からのアンチモン出荷が2024年10月以降停止しており、これは税関データでも確認されている。結果として、難燃剤のコストが2025年には120%上昇し、電池メーカーではアンチモンが陰極材料コストの40%を占めるまでに増加している。
今後の予測(2025年後半~2028年)
高価格の維持と更なる上昇圧力
中国の輸出制限が続く限り、アンチモンの価格は高水準を維持し続けるだろう。市場における投機的な動きや、各国政府による戦略的な備蓄も価格に上昇圧力をかける要因となっている。短期的には供給不足の解消は見込みにくく、価格の不安定さが続くと予想される。
サプライチェーンの再編と多様化の加速
各国は中国に対する依存を減らすため、サプライチェーンの再編を加速している。新規鉱山プロジェクトの進展により、ボリビアやオーストラリアなどのアンチモン埋蔵国との連携が強化されている。しかし、これらのプロジェクトが市場に与える影響は限定的であり、大規模な改善には時間がかかるだろう。
リサイクル技術の強化
アンチモンの回収技術は、供給安定化に向けた重要な戦略である。特に鉛蓄電池や使用済み電子機器からのリサイクル技術が開発され、実用化が進んでいる。鉛蓄電池のリサイクルプロセスは比較的確立されているが、難燃剤として使用されたアンチモンのリサイクルには技術的課題が多く、効率的な分離と回収が難しい。このため、今後はこれらの技術課題を克服するための研究開発が求められている。
代替材料の開発と採用
アンチモン価格の高騰は、代替材料の開発を促進している。特に、難燃剤としてのアンチモンを代替する新しい素材の研究が進んでいる。ホウ素化合物やリン系化合物などが候補とされているが、これらはアンチモンと同等の難燃性能を持ちながらも、コストや加工性の面で課題がある。代替材料の実用化には技術開発と時間が必要であり、アンチモンの特性を完全に置き換えることは難しい。
地政学リスクの継続と価格変動の増大
米中間の貿易摩擦や技術覇権争いが続く中で、アンチモンを含む重要鉱物が交渉のカードとして利用される可能性はレアアースと同様に高い。これにより、市場の価格変動性(ボラティリティ)は非常に高くなることが予想される。地政学的リスクは市場の不安定要因として影響を与え続け、価格の乱高下を引き起こす可能性がある。
日本のアンチモン関連メーカー
日本におけるアンチモン関連製品の主要メーカーとしては、日本精鉱株式会社が精錬分野でリーディングカンパニーとして存在感を示している。彼らは金属アンチモンや三酸化アンチモン、各種アンチモン化合物の製造・販売を行っている。また、東湖産業株式会社も60年以上の実績を持ち、金属アンチモンや三酸化アンチモンを製造している。加えて、難燃剤の専門メーカーである株式会社鈴裕化学が日本の産業を支えている。これらの企業は、アンチモンの供給不安に対応するための技術開発やリサイクルの強化に努めている。
結論
アンチモンは、現代社会において不可欠な戦略的鉱物であるが、その供給は極めて特定の国に依存している。中国の輸出規制強化により、供給リスクは顕在化しており、各国は安定供給確保のために多角的なアプローチを模索している。この状況は、今後数年間、世界のアンチモン市場に大きな影響を与え続けるだろう。市場の不安定性を克服するためには、各国が協力し、多様な戦略を実行し、技術革新を推進することが不可欠である。