お知らせ
2025.05.04
2025年4月24日、トランプ前大統領は海洋鉱物資源開発を推進する大統領令を発表した。背景には、同年初頭に中国が実施したレアアース輸出禁止措置がある。これは単なる貿易戦争の一環ではない。中国による輸出制限は、資源を戦略的武器とする覇権争いの決定打であり、グローバルな産業構造に深刻な影響を及ぼしている。
レアアースは地球上に広く存在するが、採掘・精錬の実効支配において中国の優位は揺るがない。採掘シェアは世界の70%以上、精錬能力に至っては90%以上を占める。単なる資源の埋蔵量ではなく、それを「製品化」できる技術インフラの蓄積こそが中国の真の強みであり、これが米国をして危機感を抱かせる最大の要因である。
特に、ディスプロシウム(Dy)やイットリウム(Y)といった希少元素は、ジェットエンジンの耐熱部材や高周波レーダーの不可欠な素材である。F35戦闘機一機あたり約400kg、潜水艦一隻あたり約4.2トンものレアアースが必要とされる現状では、供給停止は即座に米国の軍事技術に直撃する。さらに、次世代機F47の構想にも暗い影を落としかねない。ゆえに、トランプ大統領の大統領令は資源戦争への直接対応であり、資源の自立を急ぐ米国の焦りの表れでもある。
一方、豪州や米国マウンテンパス鉱山の再稼働も進んでいるが、採掘から精錬までを一貫して環境規制下で遂行するのは至難の業だ。中国は自国環境への負荷を容認する形で低コスト大量生産を続けてきたため、短期的には代替供給網の構築が難しい。技術力、設備、コストいずれにおいても、現時点では中国優位を崩せていない。
この米中資源戦争の只中にあって、日本の立ち位置は極めて微妙だ。日本は、製造業大国でありながら、資源のほとんどを海外依存している。特にレアアースについては、かつて中国に輸出制限を受けた2010年の「尖閣諸島事件」の記憶が鮮烈に残っている。この経験から、日本は調達先の多角化やリサイクル技術開発に努めたが、根本的な自立には至っていない。むしろ、サプライチェーンのどこかが中国に依存している現実は、今なお解消されていないのである。
ここで焦点となるのが、日本の海洋鉱物資源開発だ。日本は世界第6位の広大なEEZ(排他的経済水域)を保有し、その内部には海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊、さらには南鳥島周辺のレアアース泥といった豊富な資源が眠っている。特に南鳥島沖には、世界需要を数百年分満たすレアアースが埋蔵されているとの調査結果もある。しかし、これら資源の商業化には未だ成功していない。
最大の課題は「技術」と「経済性」である。6,000メートルにも達する深海から鉱物を採掘・搬送し、さらに陸上で精錬するには、特殊な装置と連動したプロセスが不可欠だ。有人潜水調査船「しんかい6500」は、1989年の建造以来、世界中の海域で活躍してきたものの、主たる用途は学術調査にとどまり、産業開発の起点にはなっていない。現場に根ざした応用技術の蓄積と、産業化への本格的な投資が著しく欠如しているのが実態だ。
さらに深刻なのは、こうした開発技術を支えるベテラン技術者たちが次々に引退し、若手への技術継承が不十分なことである。経済産業省、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)、JAMSTEC(海洋研究開発機構)といった組織も、基礎研究や調査には熱心だが、産業化という「出口戦略」を描き切れていない。必要なのは、机上の理論や研究成果だけではなく、現場での応用力と実践知であり、それを担う世代を育成する国家戦略である。
そもそも日本人は、歴史的に資源開発に適した民族であった。江戸初期、佐渡金山は単独で世界の金産出量の約5%、日本全体では20%を占めていた。石見銀山も、世界の流通銀の1割を供給していた。勤勉な労働力と優れた技術力で、極めて高い鉱山開発能力を発揮していたのだ。しかし現代日本では、リスクを恐れ挑戦を避ける風潮が強まり、評論ばかりが先行している。国家として未来を切り拓くための本気の投資が、あまりにも欠けている。
米中が資源戦争に突入する中で、日本は「静観者」であってはならない。国家戦略として、深海鉱物資源の商業開発に本腰を入れ、資源安全保障の一翼を自力で担うべきだ。豊かなEEZを活かし、「採れる資源」から「使える資源」へと転換する技術と体制を確立する。そのためには官民一体となった覚悟と、リスクを恐れぬチャレンジ精神が不可欠である。
いま日本に求められているのは、「評論家精神」ではなく「開拓者精神」である。資源立国の伝統を再び蘇らせ、未来の産業基盤を自らの手で築き上げる。それが、米中覇権争いの時代における、日本の生き残り戦略となる’だろう。