(レアメタルに魅せられて)
今から四十余年前、日本には「レアメタル専門商社」という概念すら存在しなかった。非鉄金属や特殊金属の輸出入は、総合商社や専門部門が細々と手掛けるのが常であり、特定の金属種に特化して企業を興すという発想は、当時の経済界において極めて異端な試みとして認識されていたのである。
(世界のレアメタル王は誰だ)
そのような時代背景の中、筆者の事業観を根底から揺るがし、新たな道を指し示した一人の英国紳士が存在した。その人物こそ、ロンドンを本拠とする「Wogen Resources Ltd.」の創設者、コリン・ウィリアムズ氏である。彼の訃報に接した際、筆者の脳裏には遠き日の愉快な思い出が鮮やかに蘇り、胸奥に熱いものが込み上げたことを覚えている。
コリンは、まさに典型的な英国紳士であった。彼はロンドンのウエストミンスターにWOGENの本社を構え、世界13カ所に支店を展開し、数多の有能なレアメタルトレーダーを育成した「レアメタル王」として、その名を馳せていた。彼は英国パブをこよなく愛し、ラグビーを深く敬愛し、英国文化に誇りを抱き、遠く離れた中国にも深い理解と愛情を注ぎ、そして何よりも旅とレアメタルそのものを心底から愛していた。その情熱と稀有な愛情は、遠く離れた日本の若き商社マンであった筆者にも、確かに伝播したのであった。
(レアメタルの戦略を中国に教えた男)
筆者がメタルトレーダーとしての道を歩み始めたのは、前職である専門商社に籍を置いていた頃に遡る。1980年代に入ると、WOGENのビジネススタイルは筆者にとって抗しがたい魅力を放ち、レアメタルビジネスの世界に深く傾倒する契機となった。コリンからWOGENの社名が中国の「五金(ウージン)」に由来すると聞いた際の衝撃は、今も筆者の記憶に鮮明に刻まれている。「金・銀・銅・鉄・錫」という、人類が古くから用いてきた五種類の基本金属を意味する「五金」。WOGENは当時、中国の国営貿易会社MINMETALと連携し、ニッケルやその他非鉄金属の大部分を取り扱っていたというから、その事業規模と先見性には、ただただ感嘆するばかりであった。現在の中国の鉱物資源戦略の基本的思想を伝えたのもコリンウィリアム氏であった。
(コリン氏は知的好奇心の塊だった)
コリンは熱狂的なラグビーファンでもあり、WOGENをラグビーチームのような組織にしたいという壮大な夢を抱いていた。実際に、彼の会社は主力トレーダーが15人ほど(世界中の支店を合わせても総勢60名程度)の少数精鋭部隊で構成されていた。無闇に社員数を増やすことなく、真のプロフェッショナル集団として市場と対峙するというのが、コリン流の経営美学であった。社員の独創性を尊重し、斬新なアイデアを奨励し、そして売買行為の権限をトレーダー個々に集約させるというその発想は、まさにラグビーを深く愛するコリンならではのものであった。筆者もまた、彼の経営哲学を模範としたのである。
(交易会の電信ラインを独占した男)
コリンが中国との貿易に本格的に乗り出したのは、1972年のニクソン大統領と毛沢東主席による歴史的な会談よりもさらに以前、1960年代からである。当時、彼は前職のルドルフ・ウルフ社に在籍しており、年に2回しか開催されない広州交易会に足繁く通い、香港と広州を結ぶ唯一の電信ラインを独占して商談を進めていたという。西洋人でありながら、これほどまでに中国市場に密接に関わった人物は、当時の世界において極めて稀有な存在であったと言えよう。その行動は単なるビジネス上の投機に留まらず、中国の文化や歴史に対する深い理解と、誠実な姿勢に裏打ちされたものであった。未知なる市場に対して真摯な態度で臨み、強固な信頼関係を構築し、それを継続的なビジネスパートナーシップへと発展させた彼の卓越した手腕は、まさにプロフェッショナルの真髄を示すものであった。
(真の先見性とは何か?)
Wogen社は、単に金属を仕入れて販売するだけの「トレーディング会社」ではなかった。彼らが取り扱うのは、タングステン、モリブデン、チタン、タンタル、ニオブ、バナジウムといった、極めて専門性の高い特殊金属ばかりであった。これらの金属は、数量こそ少ないものの、冷戦時代の航空宇宙産業、電子機器、エネルギー分野、医療分野といった最先端技術領域において不可欠な戦略物資であり、その円滑な流通を担うことは、国家安全保障や基幹産業の存亡に直結する重要な使命を帯びていた。このような特殊な市場環境においては、価格変動の激しさ、供給不安、国際政治リスクといった複合的な要素が常にビジネスの障壁として立ちはだかる。その中でWogen社が果たしてきた役割は、単に商品を納品するにとどまらず、顧客の個別のニーズに即した「カスタムメイドの調達解決策」を提示し、サプライチェーン全体を俯瞰した上で安定供給体制を構築することにあった。
(レアメタルパニックを予見した)
筆者はこのようなWogen社の企業文化に触れる中で、「レアメタルとは何か」「真の国際商社マンとは何か」という根源的な問いに対する明確な答えを見出すことができた。やがて、日本で初めてのレアメタル専門商社を創業する決意を固めた際、その背中を力強く押してくれたのは、紛れもなくコリン・ウィリアムズという稀代の人物の存在であった。彼から学んだことは、単なる金属の知識やビジネスの具体的な進め方に留まらない。
(noblesse obligeノブレスオブリージュを実践)
ノブレスオブリージュとは言わば社会貢献であり、誠実さ、異文化への深い敬意、高い責任感、そして常にグローバルな戦略的視点を持つことの重要性。これら全てが融合したプロフェッショナルとしての生き方こそ、筆者が今日に至るまで大切にし続けてきた人生の基盤となっている。
コリン・ウィリアムズ氏の訃報に接し、筆者の心は静かに、しかし深く震えた。時代が移り変わり、テクノロジーがどれほど進化しようとも、筆者の中にあるWogen社との記憶、そして彼の生き方は、今もなお色褪せることなく鮮明である。筆者の人生は、コリンとの出会いによって、まさに創造的かつ異端な変革を遂げたと言っても過言ではない。
このエッセイを、偉大なるレアメタル業界の先達、コリン・ウィリアムズ氏に心からの敬意と深い感謝をこめて、ここに捧げる。