お知らせ
2026.01.09
かつてシルクロードの旅人たちが黄金や絹を携え、砂漠と草原を越えて往来した中央アジア。その荒野はいま、レアアースやガリウムといった現代文明の根幹を支える戦略的鉱物を巡る、新たな「大ゲーム(グレート・ゲーム)」の舞台へと静かに姿を変えつつある。
本稿で描くのは、単なるレアメタル資源争奪の物語ではない。日本と中央アジア五カ国が紡ぎ始めた**「拡大された戦略的パートナーシップ」**という、二十一世紀型の地政学と経済安保の物語である。
中国の影が落とした地政学的リスク
レアメタル資源が「武器」へと転じた2025年
2025年、世界は一つの地政学的転換点を迎えた。中国によるガリウム、レアアースをはじめとする重要鉱物の輸出管理強化である。半導体、通信、EV、再生可能エネルギー――日本のハイテク産業を下支えしてきたレアメタルなどの基礎素材が、明確に国家戦略の道具として扱われ始めた瞬間であった。
レアメタル資源はもはや市場原理だけで動く商品ではない。供給を握ること自体が、外交・安全保障カードとなる時代が到来したのである。この現実を前に、日本は調達先の多角化という言葉だけでは不十分であることを悟った。そして視線を向けた先が、中央アジア五カ国であった。
長年、ロシアの軍事的影響力と中国の圧倒的な経済プレゼンスに挟まれてきた中央アジア諸国にとって、日本の接近は単なる「新しい取引先」ではなかった。それは、中国依存からの脱却を模索するための**「第3の選択肢」**であり、自国の地下資源に日本の技術、制度、資本を重ねることで産業高度化を実現するための、現実的な道筋であった。
砂漠を貫く戦略的生命線
トランス・カスピ回廊というデリスキング思想(注1)
レアメタルは掘るだけでは戦略にならない。運べて初めて国家の力となる。ロシアを迂回し、カスピ海を横断して欧州へと至る**トランス・カスピ回廊(ミドル・コリドー)は、日本にとって中国という単一の失敗点(Single Point of Failure)**を回避するための、現実的な選択肢である。しかし、この回廊は理想と現実の狭間にある。カザフスタン側の鉄道容量の制約、カスピ海の水位低下という自然リスク、ロシア経由の北部回廊に比べた輸送コストの高さ――これらはいずれも、短期間では解消できない構造的問題である。
だからこそ日本は、インフラを「量」で押し切る中国型モデルとは異なるアプローチを取ろうとしている。DXによるデジタル通関、物流データの可視化、港湾のグリーン化と効率化。すなわち、質で勝負する物流モデルである。物理的制約を、制度と技術で乗り越える発想こそが、日本型デリスキングの本質と言える。
資源ナショナリズムを超える再接続
中央アジアを「経済安保の後背地」へ
日本が中央アジアで進める3兆円規模の構想は、旧来の資源ナショナリズムとは一線を画す。たとえば、カザフスタンでは、世界有数のウラン資源国としての強みを生かし、日本の技術によるSMR(小型モジュール炉)導入とGX(グリーン・トランスフォーメーション)を同時に進める構想が浮上している。一方ウズベキスタンでは、AIやデータセンターを核としたITハブ化が現実味を帯び始めている。
ここで重要なのは、中央アジアを単なる「資源の宝庫」として扱うのではなく、経済安全保障のバックアップ拠点として再定義している点である。日本が提供するのは覇権や軍事力ではない。制度、技術、人材育成という信頼のインフラであり、それこそが中央アジア諸国が真に求めている価値なのである。
ユーラシアの荒野に潜む不確実性
日本企業の前に立ちはだかる三つの壁
もっとも、中央アジアは可能性の地であると同時に、地政学的断層線でもある。日本政府が掲げる3兆円構想を現実の成果へと導くためには、公式発表の裏側に潜む「三つの壁」を直視しなければならない。
第一は、政治・地政学的リスクである。
ロシアの安全保障的影響力と、中国の経済的圧力。その狭間で、日本の存在感は中国から**「対中包囲網」と警戒されかねない。台湾情勢などが、中央アジアでの日本企業活動に波及する可能性も否定できない。ここで求められるのは、軍事ではなく、民生・技術分野に徹した多角的外交**である。
第二は、物流・物理的リスクである。
トランス・カスピ回廊の未成熟さは、採算性を左右する最大の要因となる。物理インフラ整備と並行して、DXによる滞留時間短縮を先行させる発想が不可欠である。
第三は、法的・制度的リスクである。
158件にも及ぶMOUが交わされながら、実際の投資が進まない「死文化」のリスクは常につきまとう。ここで鍵となるのが、ODAを呼び水とし、NEXIやEBRDなど国際金融機関と連携したハイブリッド型ファイナンスである。
日本と中央アジア五カ国
静かに進む新しい戦略外交
昨年12月、中央アジア五カ国会議が初めて日本で開催されたことは象徴的である。ロシアの軍事的脅威と中国からの圧力を警戒する彼らにとって、日本は安心して付き合える第3の戦略的外交相手である。同時に日本にとっても、中国の台湾有事リスク、ウクライナ侵略を続けるロシアという二つの現実を背景に、中央アジアは新たな外交・資源戦略の要衝として浮上してきた。
結びに
一夜の夢で終わらせないために
2025年12月の首脳会合(CA+JAD)で蒔かれた種が、大輪の花となるか、砂漠の徒花に終わるか。その分岐点は、実装と継続的コミットメントにある。中国の「速度と物量」に対抗する日本の武器は、短期的な利益ではない。人材育成(JDS奨学計画など)を通じて積み重ねられる、長期的な信頼の蓄積である。
中央アジアの地底に眠るレアアースとガリウムが、法の支配に基づく開かれた回廊を通じて世界を潤す日。それは、かつてのシルクロードが、現代の知性と技術によって再生される、新しい時代の幕開けなのかもしれない。(注1) デリスキング(De-risking)
経済的な相互依存関係を維持しつつ、地政学的リスク、特に中国への過度な依存によるリスクを低減する(リスク回避する)戦略。経済の「デカップリング(分断)」とは異なり、関係を完全に切断せず、サプライチェーンの多様化や重要技術流出防止などを通じて、安全保障と経済的利益のバランスを取ることを目指す概念を指す。