お知らせ

2026.01.09

レアメタル千夜一夜 特別投稿 南鳥島レアアースは2026年にどうなるか?

 2025年、世界のレアアース市場は奇妙な熱狂に包まれていた。トランプ関税を起点とする米中貿易摩擦の再燃は、資源という本来は地質と技術の世界で語られるべきテーマを、一気に政治のディールへと引きずり出した。ウクライナのレアアース、グリーンランドの資源開発といった、現実性よりも話題性が先行する案件までが相場を賑わせ、レアアースは「掘る前に語られる資源」の代表格となった感がある。日本においても政権交代の文脈の中で、南鳥島案件が米国との合意書に象徴的に書き込まれるなど、政治的演出が先行した。しかし、資源貧国である日本の未来を占う上で必要なのは、喧噪から距離を取り、足元の現実を静かに見つめ直す作業である。


 私はこの十年余り、南鳥島周辺のレアアース資源について、技術的側面と経済性の両面から一貫して慎重、むしろ否定的な見解を示してきた。水深4,000〜6,000メートルという極限環境、前例の乏しい揚泥技術、そして何より、当時の中国産レアアース価格との圧倒的なコスト差を考えれば、それは専門家として自然な判断であったと今も思っている。資源とは、存在するだけでは価値にならず、掘れて、運べて、使えて初めて意味を持つ。深海という「人類に最も遠い現場」を前に、冷静な距離を保つことは、むしろ義務であった。


 しかし、この一年間で前提条件は明確に変わった。第一に、深海揚泥技術が研究段階から実証段階へと移行し、机上の構想ではなく、現実のエンジニアリングとして成立する可能性が見えてきたことである。耐圧材料、深海ポンプ、遠隔制御、冗長設計といった要素技術は、ここ数年で飛躍的な進歩を遂げた。第二に、経済性の評価軸そのものが、「単純な市場価格」から「国家安全保障コスト」へと大きく転換したことである。安いか高いかではなく、止まるか止まらないか、握られるか握られないか、という次元で資源が語られる時代に入った。この二点が同時に成立するのであれば、前提条件は根底から変わる。私は専門家としての立場からも、南鳥島レアアース資源は日本国家として推進すべき戦略資源であるとの結論に至った。


 太平洋のど真ん中、東京から南東へ約1,800キロ。人影も乏しい孤島の周辺海域に、日本の資源地政学を根底から揺るがす存在が静かに横たわっている。南鳥島は単なる日本最東端の国境標識ではない。その周辺の排他的経済水域の深海底には、世界の常識を超える規模と品位を備えたレアアース資源が眠っている。半世紀近くレアメタルの現場を歩いてきたが、「国の足元に、これほどの鉱脈が眠っていた例」を私は他に知らない。これは偶然ではなく、海洋国家として広大なEEZを持つ日本の宿命がもたらした必然である。


 南鳥島周辺で確認された資源は、従来の鉱山で想定される岩石鉱床ではない。水深4,000〜6,000メートルの深海底に堆積した「レアアース泥」である。この泥には、レアアース元素とイットリウムを合わせたREYが最大5,000〜7,000ppmという極めて高い濃度で含まれている。世界の多くの陸上レアアース鉱床が1,000ppm前後であることを考えれば、南鳥島のレアアース泥は紛れもなく高品位鉱床である。「低品位鉱を大量に掘る」という20世紀型資源開発の常識は、ここでは通用しない。


 調査区域全体で推定される資源量は、レアアース酸化物換算で約1,600万トン。この数字を長期平均価格で評価すれば、資源価値は約150兆円規模に達する計算になる。これは夢物語ではなく、日本の国家バランスシートに潜在的に存在する「見えない資産」である。現在の世界需要を基準にすれば、数百年単位で供給可能な規模であり、もはや一企業や一世代の視点では語れない。文明単位の時間軸で評価すべき資源なのである。


 南鳥島レアアース泥の本質的価値は、その組成にある。ジスプロシウム、テルビウム、ユウロピウム、イットリウムといった重希土類およびYが極めて高濃度で濃集している点こそが核心だ。これらはEV用高性能永久磁石、風力発電、半導体、ディスプレイ、防衛・宇宙・精密誘導装置など、国家の基幹産業と安全保障の核心部分に不可欠な元素であり、代替は極めて難しい。試算によれば、南鳥島周辺海域だけで、Dyは約730年分、Tbは約420〜730年分、Euは約620年分、Yは約780年分を供給し得るとされる。この数字は、日本が初めて「重希土類供給不安」という宿命から解放され得る可能性を示している。


 否定的見解の最大の根拠であった深海4,000〜6,000メートルという壁も、いまや突破口が見え始めている。2026年には水深約6,000メートルでの揚泥設備の実証試験が予定され、2027年には日量350トン規模、場合によっては1,000トン規模の揚泥デモンストレーションが計画されている。これは商業化ではない。しかし、「深海資源は夢物語」という時代を終わらせるには十分な一歩である。


 経済性についても、比較対象を誤ってはならない。深海揚泥は確かに高コストである。しかし、比較すべき相手は安価な中国鉱山ではない。比較対象は、中国の輸出規制リスク、地政学的遮断による産業停止コスト、防衛・産業安全保障の保険料である。これらを含めて考えれば、南鳥島レアアースは「高コスト資源」ではなく、国家としての危機管理投資という結論に至る。


 この文脈において、アメリカ政府との共同開発は不可欠である。単なる資金や技術の補完にとどまらず、日米同盟の枠組みの中で資源を共同管理すること自体が、地政学的な抑止力となる。南鳥島は、日本単独の資源ではなく、自由主義陣営全体の供給網を支える要石として位置づけるべき段階に来ている。


 揚泥技術の波及効果も見逃せない。コバルトリッチクラストやマンガン団塊といった他の深海資源への応用、深海作業ロボットや耐圧材料、制御技術の高度化は、日本の新たな輸出産業の芽となり得る。一方で、深海生態系への影響評価と国際社会への説明責任は不可欠であり、透明性を欠いた拙速な開発は許されない。南鳥島は民間企業任せにできる案件ではなく、長期視点、国家予算、国民合意を前提とした準・国家プロジェクトとして進める覚悟が問われている。


 南鳥島レアアース資源は、単なる鉱床ではない。それは、日本がこれからも「資源を持たぬ国」として生きるのか、それとも「技術と海で資源を創る国」へと進むのか、その分岐点を映す鏡である。太平洋の深海で静かに眠る泥は、雄弁に語っている。準備する国だけが、次の時代を掘り当てる――。これこそが、2026年の視点で山師の目に映る南鳥島の真の姿である。

関連画像

Back