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2025.12.25

レアメタル千夜一夜 特別投稿 タングステン狂乱相場――2026年を占う

静かなる金属が牙を剥いた――2025年、歴史的高騰の真実


 2025年、タングステン相場は長い沈黙を破り、突如として狂乱の様相を呈した。12月初め、中国におけるタングステン精鉱価格は1トン35.1万元に達し、年初の14.2万元から実に147%の急騰である。これは単なる市況回復ではなく、構造的な供給崩壊と需要爆発が同時に起きた結果であった。


 価格高騰は鉱石にとどまらない。APT(パラタングステン酸アンモニウム)、タングステン粉、超硬用原料へと波及し、産業チェーン全体が一斉に持ち上げられた。欧州市場でも同様の値上がり圧力が観測され、タングステンは再び「戦略金属」としての本性を現したのである。かつて「工業の歯」と呼ばれ、安定供給が当然と考えられていた金属は、今や地政学と国家戦略の中心に据えられた。2025年は、その転換点として記憶される年となった。


掘れない、増やせない――供給側に走る致命的な亀裂


 タングステン高騰の根源は、供給側の崩壊にある。世界供給の80%以上を握る中国において、鉱山の採掘枠は年々削減されてきた。2025年の採掘枠は前年比で約6%減少し、主要産地である江西省では割当削減が常態化している。さらに深刻なのは鉱石品位の低下である。中国の平均品位は20年前の0.4%超から0.28%前後まで低下し、1トンの精鉱を得るために処理すべき原鉱量は飛躍的に増大した。これは採掘コストと環境負荷の爆発的上昇を意味する。


 環境規制もまた供給を縛る鎖となっている。尾鉱ダム、排水処理、製錬副産物への規制強化により、新規鉱山の立ち上げも既存鉱山の再稼働も極めて困難になった。タングステンは「存在しているが、掘れない金属」へと変貌したのである。


需要は止まらない――新エネルギーと軍需が火を付けた


 一方、需要側は制御不能な勢いで拡大している。最大の変化は新エネルギー分野である。太陽光発電用シリコンウェーハの切断に用いられるタングステンワイヤーは、鋼線を急速に置き換え、2025年には世界需要の4割を占めると見込まれている。EV・蓄電池分野でもタングステンは存在感を増している。正極材への微量添加によるエネルギー密度向上、耐久性改善といった効果が評価され、消費量は年率20%超で拡大している。これは一時的なブームではなく、構造的需要である。


 さらに軍需・宇宙・核融合という国家戦略分野が加わった。高融点・耐放射線・高強度という特性を持つタングステンは、極限環境材料として不可欠であり、核融合実験装置では大量使用が前提となっている。需要は「価格に鈍感」な領域へ移行しつつある。


輸出管理という最終兵器――地政学が市場を歪める


 2025年、中国はタングステン関連製品と技術に対する輸出管理を本格化させた。APTを含む多数の中間製品が許可制となり、輸出は事実上の選別供給へと移行した。この政策は市場に即座に影響を与え、欧米では供給不安が顕在化した。アメリカは国家備蓄の拡充に動き、欧州は防衛産業を軸に調達網の再構築を急いでいる。しかし、代替供給源の立ち上げには年単位の時間を要する。結果として市場は「高値でも買わざるを得ない」局面に突入した。ここにおいてタングステンは、単なる工業原料ではなく、外交・安全保障のカードとして機能し始めたのである。


2026年、狂乱は第二幕へ――止まらぬ上昇圧力


 2026年のタングステン市況は、沈静化ではなく「第二段階の高騰」に入る可能性が高い。供給制約は解消されず、需要はむしろ拡大する。一部ではAPT価格が460ドル/MTUを超えるとの予測も現実味を帯びてきた。重要なのは、今回の相場が循環型ではない点である。これは景気後退で簡単に崩れる相場ではなく、国家戦略需要に支えられた構造相場である。価格が上がるほど投機ではなく実需が前面に出る、極めて危険な相場だと言える。


日本市場の死角――最も脆弱な消費国


 日本市場の最大の問題は、中国依存から脱却できていない点にある。調達先の多角化は進んでいるものの、数量・品質・価格のいずれにおいても中国代替にはなっていない。加えて、日本は精錬・加工・リサイクルへの投資が遅れている。欧米が国家支援のもとで供給網を再構築する一方、日本は企業任せの対応に留まり、価格交渉力を失いつつある。結果として、超硬工具、半導体装置、EV関連部品などでコスト増が直撃し、国際競争力の低下を招いている。これは単なる資源問題ではなく、日本製造業の根幹に関わる問題である。


アルケミストの占断――タングステンは「次のレアアース」である


 2026年、タングステン相場はさらに荒れる。これは一過性の狂乱ではなく、時代の要請が生み出した必然である。資源は再び国家の論理に回収され、市場は理屈より力で動く。日本が生き残る道は明白である。調達多角化、在庫戦略、精錬・リサイクルへの国家的投資――これを怠れば、タングステンは日本にとって「高くて買えない金属」になる。静かなる金属は、すでに吠え始めている。聞こえていないのは、市場ではなく日本の側かもしれない。

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