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2025.12.05

レアメタル千夜一夜 第102夜 世界を股にかける「レアメタルアルケミスト」の出張術(Part1)――116ヵ国を踏破した山師の“旅の哲学”――

序章 世界を駆けた山師の足跡


 レアメタルを追い求めて半世紀。私は南米のアンデス山脈からユーラシア大陸の果てまで、そしてアフリカの鉱山、オセアニアの離島、中央アジアの高原に至るまで、世界116ヵ国を踏破してきた。その大半は、出張である。一年の三分の一を旅に費やし、毎年二十回を超える国際出張をこなす──この異常とも言える旅の連続を支えてきたのが、「出張術」という見えざる武器である。


第一章 “月曜午後出発”の黄金律


 私の旅のリズムはいつも月曜の午後から始まる。理由は単純でありながら戦略的である。午前中に社内会議を行い、社員たちの顔を見て課題を共有する。そしてその足で空港へ向かい、夕方の便でアジア、あるいはヨーロッパへ飛び立つ。現地到着は夜。着いたその晩から会食が始まり、相手の懐に飛び込む。とくに中国では「同じ釜の飯を食う」ことが交渉の第一歩であり、これを逃すと次のステージに進めない。


 金曜には仕事を締めて帰国する。週末は家庭で過ごして、翌週の月曜には再び会議に出席して社内のリズムを崩さない。このサイクルが、長年にわたる「旅する経営者」の基本動作であった。


第二章 空の上では戦わない


 飛行機の中では、一切の“戦闘モード”を解除する。交渉相手は地上にいる。だから、空の上ではひたすら休むことに徹する。書類を広げることも、メールを打つこともない。かわりに、機内では最新映画を観たり、読書でアイデアを練ったりする。寝ることこそ最大の武装解除であり、時差との戦いを制する最良の薬である。


 ただし、東回り(日本→アメリカ)の場合は油断禁物である。到着後すぐにホテルで仮眠をとり、シャワーを浴びて体内時計を再調整する。これを怠ると、翌日の交渉で頭が回らない。「時差ぼけ対策は交渉対策」──それが私の信条である。


第三章 旅のストレスを減らす“リセット空間”


 長年の出張生活で学んだのは、ホテル選びが勝敗を分けるということである。立地よりも重視すべきは「リセット機能」だ。サウナ、スパ、ジム、静かなラウンジ──仕事で酷使した神経を整えるための施設があるホテルを選ぶ。これだけで翌日の集中力は倍になる。


 また、現地の美術館や市場、カフェを訪ねるのも欠かせない習慣だ。そこに“土地の呼吸”がある。アフリカでは市場の埃っぽい香りに交渉のリアリティを感じ、ヨーロッパでは絵画の静寂に自分を取り戻す。どんな出張も、最後に人間らしさを回復する時間が必要なのである。


第四章 荷物は軽く、思考は深く


 私の旅の最大の哲学は「軽量化」である。どんな長期出張でも、荷物は機内持ち込みだけ。これは単なる利便性ではなく、「身軽であれ」という心構えの表現でもあるロストバゲージや長い待ち時間に振り回されることほど愚かなことはない。服装も同じだ。


 極寒のロシアから酷暑のアフリカまで移動する時も、厚手のコートは持たない。アウトドアの知恵に学んだ“レイヤリング”を応用し、薄手の服を重ねることで気温差に対応する。軽さとは、自由である。重い荷物を背負う旅は、すでに半分失敗しているのだ。


第五章 予定を「パターン化」する


 旅慣れた者ほど、予定を詰め込みすぎない。私は常に「余白のある出張」を設計する。移動の合間に3時間でも“予備時間”を取るのが鉄則だ。それは不測のトラブルのためでもあり、また“新しい出会い”のためでもある。多くの人脈は、予定外の昼食や偶然の立ち話から生まれた。だから私はスケジュール帳の一部を意図的に空白にしている。そこに“未知との遭遇”が入り込む余地を残しておくためである。


第六章 デジタルの翼を持つアルケミスト


 かつては航空券と地図を抱えて旅していたが、今やスマートフォン一つで世界が動く。翻訳アプリ、オフライン地図、交通案内、ホテル予約──これらを自在に使いこなせば、どんな国でも一人で動ける。だが、重要なのは“依存しすぎない”ことだ。現地での通信が途絶えたとき、最後に頼れるのは自分の勘と記憶である。デジタルは翼であり、羅針盤は自分の中にある。


第七章 交渉の前に「心を整える」


 私は出張の朝、必ず五分だけ瞑想をする。それは宗教的な行為ではなく、“心の整地”である。怒りも焦りも眠気も、ここでいったん手放す。空っぽの心で会議に臨むと、不思議と相手の本音が見えてくる。旅の成功とは、交渉を制することではなく、己を制することにある。どれだけ移動距離を重ねても、内なる静寂を保つ者こそが真の旅人である。


結章 旅を生き方に変える


 私にとって旅とは、移動ではなく「修行」であった。異国の空港での待ち時間も、交渉の緊張も、そして孤独も、すべてが人生の鍛錬場だった。人は旅を通じて他者を知り、他者を通じて自分を知る。その繰り返しが、レアメタル王としての私を形づくった。

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