お知らせ
2025.09.08
無尽蔵の大地が秘める輝き
ブラジルという国は、まさに大地そのものが未来を抱えている。アマゾンの深き森、金や鉄鉱石に限らぬ多彩な鉱物、そして世界を養う農産物。その奥底には、次代のテクノロジーを支えるニオビウムやリチウム(注1)といったレアメタルが眠っている。電子機器から再生可能エネルギーまで、21世紀の産業を駆動させる要石は、この国から生まれる可能性を秘めている。無尽蔵の資源を有するブラジルは、未来を握る巨人である。(注2 )
旅立ちを揺るがした銃声
私の旅は、平穏な幕開けではなかった。ブラジルに到着した1973年、テルアビブ空港で岡本公三による乱射事件が発生し、世界は一瞬にして騒然となった。その混乱の余波を受け、私は厳重な調査を受けながら国境を越え、半年後にボリビア行きの汽車に身を投じた。不安と期待が渦巻く中で、未知なる大陸の空気を吸い込む瞬間、旅がただの観光ではなく、生きる力を試す冒険へと変貌したのである。
師との邂逅と鞄持ちの日々
ブラジルの地で、私は東本願寺の大谷暢慶老師に随行する幸運を得た。師の説法の旅を支える鞄持ちとして、熱心な門徒たちと共にブラジル各地を巡った。老師の言葉には、資源や金銭では計れぬ人間の真理と探検魂が込められていた。鉱山を掘るように心の奥を掘り進められる日々は、私自身の価値観を揺さぶった。ブラジルという異郷の地で、精神の鉱脈を発見する旅となったのである。
コーヒー王ファゼンデーロの誘惑
旅の途中、私たちは「コーヒー王」と呼ばれる農園主に招かれた。豪壮な邸宅、香り高い豆の山、そして彼の言葉は意外な方向に飛んだ。「私の娘と結婚し、農園を継いでほしい」と。南米の陽光に照らされた一瞬、未来は大きく揺らいだ。しかし私は理解していた。異郷での安易な定着は、探検魂の本質を失わせる。選んだのは、安定ではなく荒野であった。
弓場農場に見る新たな共同体(注3)
やがて訪れた弓場農場では、集団生活の理想と現実に触れた。日本人移住者が築いた農場は、労働力不足の中でも秩序と繁栄を保ち、共同体の力を示していた。そこで交わした議論と労働は、私にリーダーシップの萌芽を与えた。資源を掘り当てるよりも、人と人とが協働して築く社会のほうが、未来の基盤となることを悟った。
マットグロッソの試練
奥地マットグロッソでは、成功者すら不安を抱える現実に直面した。農地を開拓した者たちは繁栄と同時に孤独を抱え、次世代の行く末を案じていた。その悩みに共感しながら、私はまた一つの目標を胸に刻んだ。成長とは、資源や富を得ることだけでなく、他者の苦悩を理解し、それを共に背負うことでもあるのだと。
サンパウロからアマゾンへ――苛烈なる道程
サンパウロからアマゾンへ向かうヒッチハイクの旅は、冒険という言葉を通り越して試練の連続であった。道中、多くの人々に助けられたが、同時に極限の困難にも遭遇した。トメアスで出会った平賀博士(注4)との交流は、この国の未来への希望を私に示してくれた。博士の研究は、アマゾンの可能性を世界に拓く試みであり、ブラジルが持つ潜在力の象徴であった。
土族との遭遇――死線を越えて
だが希望の先には恐怖が待ち構えていた。奥地のアマパ州の土族に襲われ、半死半生のサバイバルに追い込まれたのである。原始のジャングルの中で、生と死の境をさまよった日々は、私の精神を極限まで鍛え上げた。人間の文明が築いた安全の殻を一枚剥ぎ取れば、そこには牙をむく自然と、生き残ろうとする本能だけがある。その恐怖の中でこそ、私は自己の根源を見つめ直すことができた。
ボリビアへの越境と赤軍の影
疲労と高熱に倒れ、木賃宿の主人に救われたこともあった。彼の差し出した一杯の薬草茶が、私を生へと引き戻したのである。しかし試練は終わらなかった。入国審査で私は赤軍の活動家と誤認され、荷物を全て没収される屈辱を味わった。だがそれすらも、旅という荒波の一部であり、私の心をさらに強くした。
地政学が照らす資源の影と光
ブラジルの旅は個人の冒険譚であると同時に、世界資源地政学の縮図でもあった。冷戦の余韻が残る時代、レアメタルは単なる鉱物ではなく「国家の安全保障」に直結する戦略資源であった。アメリカはブラジルのニオビウムに強い関心を寄せ、中国はリチウムの開発を虎視眈々と狙っていた。資源を握る国は、国際政治の舞台で発言力を増し、逆に供給を依存する国は常に脆弱性を抱える。
私は旅の中で、地政学の実態を肌で感じた。豊かな鉱床を有する土地は、同時に争奪の火種を宿す。アマゾンの奥地で出会った農民たちが語る「大企業の進出」や「政府の土地収奪」の話は、まさに資源を巡る現代の戦場を映していた。資源は繁栄をもたらすが、同時に国家間の緊張を高める刃でもあるのだ。
米・中・日の三者が描くブラジルの未来
アメリカにとってブラジルは「裏庭」南米における最後の戦略的要石である。特にニオビウムは、航空宇宙産業や軍事技術の核心を担う金属であり、ワシントンはその安定供給を死守しようとする。冷戦期から続くモンロー主義の延長線上に、資源外交の影が色濃く落ちていた。
一方、中国は「一帯一路」の南米版とも言うべき資源戦略を展開している。ブラジルのリチウム鉱床や鉄鉱石輸出港には中国資本が流入し、サンパウロやリオの港湾には中国企業の旗が翻っている。レアメタルを押さえることは、単なるビジネスではなく、米国への対抗軸を築くための布石でもある。
そして日本。資源小国である我が国にとって、ブラジルは潜在的な「生命線」である。1980年代以降、日本企業は鉄鉱石、ボーキサイト、そして農産物の輸入でブラジルに依存してきた。だがニオビウムやリチウムといった次世代資源を巡っては、アメリカと中国の間に挟まれ、戦略的決断を迫られる立場にある。日本が独自の技術力と投資でブラジルとの協調を深めなければ、資源の鎖に縛られた「静かな敗北」を味わうことになるであろう。
漂泊の果てに見えたもの
ブラジルの旅は、私に数限りない経験を与えた。恐怖も、歓喜も、試練も、すべてが未来を照らす灯火となった。レアメタルのように大地に埋もれる可能性を掘り起こし、未知の大陸で磨かれた精神は、私を次なる旅へと駆り立てる。私は確信する。ブラジルの大地は単なる冒険の舞台ではなく、アメリカ・中国・日本が織り成す地政学の大棋盤であると。漂泊者として歩んだ道は、やがて国際政治のうねりと重なり、私自身の物語を地球規模の歴史へとつなげていくのだ。