お知らせ
2025.01.24
前回と前々回は戦前戦後のタングステンのエピソードを報告しました。今回は更に日本のタングステンにまつわるエピソードを10件にまとめて報告します。
タングステンの日本における役割や興味深いこぼれ話を取り入れました。
1. 喜和田鉱山の発見と戦時中の秘密
山口県の喜和田鉱山は、日本におけるタングステン鉱床の代表的な存在でした。その発見は偶然とも言えるもので、地元の農夫が川で洗い出した砂の中から重く輝く鉱石を見つけたことに始まります。
第二次世界大戦中、この鉱山は軍需産業にとって重要な資源となり、大砲の砲身や硬質弾芯に使用されるタングステンを供給しました。戦時下では、この鉱山に外国技術者が派遣されることもあり、秘密保持のため周囲は厳戒態勢。地元住民には「特殊鋼の原料」とだけ伝えられていました。戦後、鉱床が枯渇し閉山しましたが、その一時代の役割は大きなものでした。平成になって蝶理にいた西野元樹(NIC Resources)は長原正治を助ける為に喜和田鉱山のズリをロシアに輸出して委託精錬して貢献した話もありました。
2. 京都の鐘打鉱山とエジソンの八幡の竹林
京都には鐘打鉱山や大谷鉱山といったタングステン鉱床があり、これらは日本の産業史に重要な役割を果たしました。また、京都の八幡市の竹林で採れる竹がエジソンの白熱電球フィラメント開発に貢献した話も有名です。
エジソンが世界中からフィラメントの素材を探す中、京都の竹が均質で耐久性に優れていると評価されました。その後、タングステンがフィラメント素材として普及すると、日本の技術者たちは京都の鉱山で得たタングステン細線の高品質化に成功。日本製タングステンフィラメントは世界市場で高い評価を受けました。
3. 阿久鉱山とタングステン産業の発展
山口県の阿久鉱山は、戦後の日本経済復興期にタングステン産業を支えました。ここから得られたタングステンは切削工具や耐熱部品に利用され、日本の製造業の競争力を向上させました。特に日本新金属株式会社は、阿久鉱山からのタングステンを高度精錬し、純度99.99%の製品を生み出しました。この技術は、日本が高精度製品を世界に供給する基盤となり、現在も特殊用途のタングステン需要を支えています。
4. タングステンと軍需産業の裏話
第二次世界大戦中、日本軍はタングステン不足を補うため、国内の廃タングステン製品を回収する秘密プロジェクトを進めていました。これにはタングステン製のペン先や時計部品も含まれ、都市鉱山とも呼ばれる取り組みが戦時中に既に行われていました。
5. タングステン電球と家庭文化の変化
タングステンがフィラメント素材として普及することで、白熱電球の寿命が大幅に延びました。関西電力が行った電力供給キャンペーンでは、タングステンフィラメント電球が無料配布され、多くの家庭で電灯が普及しました。これにより、家庭の夜間文化が大きく変わりました。
6. 飛行機エンジンとタングステン合金
日本がジェットエンジン技術を導入する際、タングステン合金の耐熱性が重要視されました。富士重工業(現・SUBARU)では、タングステン合金を使った部品の試作が行われ、航空技術の発展に寄与しました。この研究過程で、エンジン耐熱技術が進展し、後の新幹線や自動車エンジンにも応用される技術が生まれたのです。タングステンは日本の航空・交通技術発展に大きく貢献しました。
7. タングステンと茶道の意外なつながり
京都の工芸師たちは、タングステンを用いた耐熱素材を茶釜に使用することで、温度の均一性を保つ新しい茶釜を開発しました。これにより茶の味わいが安定し、茶道具として海外からも注目されるようになりました。
8. 宇宙開発と日本製タングステンの役割
日本の宇宙開発分野では、1960年代にタングステン合金が人工衛星や宇宙探査機の耐熱シールドに使用されました。この技術は極寒から高熱までの環境での運用を可能にしました。特に、タングステンを含む熱制御システムは、現在のH-IIAロケットにもその技術が応用されています。
9. タングステンカーバイドと「奇跡のペン先」
1930年代、日本の職人がタングステンカーバイドを使用して耐摩耗性の高い万年筆のペン先を開発しました。この万年筆は海外でも高く評価され、日本の筆記具が「精密さと耐久性」で知られるきっかけになったのです。これにより細かな文字が書けるようになり、日本の文房具史に革命をもたらしました。
10. 日本のタングステン技術と未来への道
戦後、日本のタングステン産業は急速に発展し、今日では高密度合金や医療分野での利用が進められています。また、核融合炉のブランケット材としてのタングステンの利用も注目されており、日本の技術が再び世界をリードする可能性があります。
これらのエピソードは、タングステンが日本の産業や文化、科学技術に与えた影響を示し、タングステンが「影の功労者」としての役割を果たしてきたことを物語っています。